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大正区の昭和山と大阪の怪物たち

運河に囲まれた大正区は、大正時代に大阪市街地と結ぶ大正橋が敷設されて、この橋にちなんで大正区となったらしい。環状線駅は大正橋のそばで、大阪ドームができたりしてにぎやかだが、区役所は南にあって駅から市営バスが通っている。千島とよばれるそのあたりが、材木置き場や製材所でかつて栄えた島の中心だったようだ。

(中上健次が描いた紀州の木こりたちの切り出した木材が船でここまで運ばれていた、ということだろうか。)

製材業が撤退した跡地に、万博の準備で北へ掘り進めた大阪市営地下鉄工事の土を盛った山があって、1970年当時は標高33mで、大阪一高い「港が見える丘」だったらしい。その後、ごみ焼却場の灰を積み重ねた鶴見緑地の鶴見新山(命名当時は標高45m、現在39m)に高さで抜かれてしまったそうだが……。

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北摂豊中というより大阪の北のはずれ(地下鉄江坂や阪神野田とも近い)の高速の脇で飛行機が真上を飛んでゴミが埋まっている土地の活用方法の是非(国有地なのだからダンピングしてはいかん、というのが国の株主と言うべき納税者感情なのだろうけれど、正価では買い手がつかないから空地だったわけであって……)が連日話題になっているが、大阪は狭い土地に無理に工場を造ったから後始末に苦労している、ということなのでしょうね。大正から昭和にかけては阪神間の私鉄沿線にかつての商都を担った人たちがみんな逃げたし、脱工業化による起死回生の決定打と期待された北摂千里丘陵の開発で、かつての工業地域に山ができた。

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(「地盤沈下」が比喩ではなくリアルな問題としてクローズアップされた昭和後期の大阪では、朝日放送が福島のテレビ塔を自慢したり、わずか33mの標高を大阪一と称したり、これまた比喩ではなくリアルに、「高さ」が熱望されていたのだろう。そうした市街地再開発の末に現在まで生きているのが、地上の自動車と自転車の自由気ままな走向を避けて歩行者が地下に潜るアリの巣のような地下道、地底人の如き縦横無尽な「低さ」(←ポケモンGPSの圏外であるような)の活用なのは皮肉と言うしかありませんが。そして梅田の新地周辺のポケストップが連日満開なのは、モンスターたちが大阪の人類を地下から再び地上へ呼び戻そうとしていると言えなくもないかもしれませんが。)

現在では、1990年の花博で新設された地下鉄鶴見緑地線が、その標高33mの昭和山の大正と標高39mの鶴見緑地を直結している。心斎橋で乗り換えると御堂筋線/北大阪急行で北摂千里ともつながっているのは、偶然なのか、歴史の必然と言うべきなのか。

その千里ニュータウンが高齢化・過疎化しつつあるのは、既に広く知られているところだが、ナイアンティックの開発したアルゴリズム(人間による介入の痕跡は明らかではあるけれど、基本的にはAI的に何かを学習しながらメンテナンス、自己補正を繰り替えしていると思われる)は、ニュータウンというような人類のスローガンを横目に、開発以前からある大きなため池のほとりにモンスターのささやかな巣を作っている。

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ポケモンたちは、普通の観光ガイドには出て来ない大阪の色々な景色を見ているよ。