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ベテラン楽員さんへ:オーケストラの「ハイフィンガー奏法」はもうやめましょう!

クラシック音楽はいまや「競技」である、という風に割り切ったうえで、各方面は「もっと上を目指す」方針を採用する傾向が顕著らしいので、だったら2017年度の開幕に当たって、大阪のクラシック音楽界隈の「戦力」の「現状分析」をしてみよう。負け組を切り捨てて「勝てる音楽」をいちはやく見いだし、読者の皆様に速報をお届けする。ビジネスライクに時代に即応する21世紀の音楽評論である(笑)。

小菅優がサントリー音楽賞だそうで、選考委員を見ると、サントリーの音楽祭でいい演奏をしたから、というわけではなく、ちゃんと聴いて総合的に判断したんだろうと推察される。

ベートーヴェンのソナタ全曲演奏は本人の発案で、マネジメントは気乗りしていなかったと伝えられているから、ミュージシャンが使い潰されないために今なにが必要なのか自分で判断して、わがままを通して、賭に勝ったケースだと思う。

カジモトは大阪公演をまともに宣伝しなかったかのように言う人がいたが、CDはリリースしているのだから、必要最小限のサポートはやって、あとは、自分の希望ではじめたことなのだから自力でやりなさい、ということだったのだろう。

そう考えると、大阪で私設応援団を買って出る人がいたり、「まあ頑張りなさい」と上から目線で激励する若年寄の評論家が彼女に接近したのは、話の本筋とは関係なく「大阪は妙なところだなあ」ということで終わっているように思われる。大阪でワアワアいうてる人らは大局が見えていない、という、わかりやすくよくあるケースに過ぎない。

大阪フィルの最近の動きはちょっとわかりにくい。

尾高忠明をトップに据えるというのだけれど、創立70周年事業としては大阪国際フェスティバル(朝日新聞)とタイアップした井上道義の企画(=「協賛」どころではない「共催」的な位置づけだろう)であるところのバーンスタインのミサをプッシュしているし、もうひとり指揮者として契約している角田鋼亮の話題が次々出てくる。事業体としての運営サイドは、尾高忠明を押すだけではうまくいくまい、とわかっているように見える。

だとすると、オーケストラの事業運営部門ではないどこかが尾高忠明を押しているんだろうなあ、と推測せざるを得ない。一番ありうるのは、伝統的に意見が強いことで知られている楽員さんの意向だろうと思う。「井上道義では安心してプレイできないから変えてくれ、尾高さんがいい」ということだったのではないか。

実際、先の定期の英雄の生涯は、「コントラバスさんやヴィオラさんのことも、管楽器さんや打楽器さんのことも、私はあなたたちの言い分を全部承知していますよ。ここが恐いところですよね、はいどうぞ! 私は、あなたたちがどこでどう頑張っているのか、全部、真ん中で聴いているから安心してくださいね」という感じがした。ポリフォニックと言えば言えないこともないが、あれは、次から次へとそれぞれの部署から決裁書類が上がってくるのをテキパキさばくビジネスパーソンの人心掌握術だと思う。

ビジネスの交渉では、ダラダラ説明するのはなく、開口一番、要点を最短距離で伝えるのが重要だとされることがあるようだが、尾高忠明が振ると、オーケストラの「音の出だし」が異様にくっきりはっきりする。ほぼすべての音に、「ガッ」とか「ブッ」とか「ドッ」とか濁音で擬音化したくなる強いアタックがつく演奏だった。(「最近の尾高さんは自然な音楽をやるようになった。かつてのようにシャカリキではなく、肩の力が抜けて良くなった」と言われているようで、全体の印象としては確かに無茶なところや強引なところはないけれど、「ガッ」「ブッ」「ドッ」だけは譲れないポイントとして残っているようだ。)

たぶんこれが、「全員と円滑にコミュニケートする指揮者」のキモなのだと思う。

指揮者からすれば、楽員が音の出だしをこれだけ明瞭にアピールしてくれたら、タイミングの善し悪しを簡単にチェックできるし、「あなたの音を私はちゃんと聴いていますよ」とリアクションするのが容易になる。そして楽員からすれば、出社時にタイムカードを押すようなもので、(音の)記録がはっきり残るから、頑張っても誰にも聞いてもらえずに努力が報われない、という不幸を回避できる。

しかし、「ガッ」「ブッ」「ドッ」を励行徹底するのは、ピアノ演奏におけるハイフィンガー奏法に似ている。指を立てて、ピアノの鍵盤を必要以上に強く叩くと、弦が円滑に振動するまえにハンマーの打音が過剰に強く鳴ってしまう。いかにも弾いています、という奏者の満足を得ることができて、騒々しさを迫力と誤解する聴き手を圧倒することはできるけれど、弦の本来の振動ではないので、この弾き方ではまともに音楽を作ることができなくなる。ハイフィンガーは、おそらくオルガンやチェンバロの奏法を元にした古い流派がドイツから明治の日本に伝わって悪く教条化したものだと考えられていて、岡田暁生あたりもさかんに目の敵にしていたが、ピアノ演奏の現場でも、今ではとうていまともに相手にされるものではなく、既に駆逐されつつある絶滅種だ。

尾高流の「ガッ」「ブッ」「ドッ」も、例えば「評論家の場面」で管楽器が一音ずつくどいくらいくっきりはっきり吹くと、いかにもうっとうしい表情になって一定の効果をあげてはいたけれど、それぞれの楽器の組み合わせやハーモニー本来の響きの前にノイジーなアタックがいちいちはさまってしまうので、どうしても音色が単調に思えてくる。確かに全部の音がよくきこえるので、楽譜と照らし合わせて勉強したり、音盤で予習したうるさ型のお客さんが「間違い探し」をしたりするにはいいかもしれないけれど、耳の喜びや驚きは少なくなる。

そしてメロディーの滑らかなつながりも、「ガッ」「ブッ」「ドッ」を挿入すると当然失われる。再現部に向けて、まあ全員でよく頑張って鳴らしていたとは思いますが、決めのフレーズの「レミbファミb ソ〜〜ファ〜〜ミb」(シドレド ミレド)、聴衆も一緒に歌いあげたくなるようなメロディーで主調への着地を決める場面を「ベベベベ ゾ〜〜 ブァ〜〜 ビ〜〜」と演奏したら、変ホ長調のヒロイズムが台無しだと思う。(たしかにぴったり揃ってましたけど……。)

井上道義とはやってられない、と主張したい人たちにとって、おそらく、昨年のベートーヴェンのエロイカは色々ドタバタしていたので恰好の攻撃材料だろうとは思うけれど、道義さんは、こんな音は出さなかったんじゃないでしょうか?(私は、あれは井上道義がやりたいことを自由に柔軟にやり尽くした彼の誇るべき演奏だっだと思っています。)

大阪センチュリーも飯森範親が振ると似たような音になる。そして四大オーケストラ企画のように同じステージで演奏すると、センチュリーは灰色の響きで下手ではないがつまらない演奏なのが歴然としてしまうのだが、どういうわけか、耳が悪いのに態度がでかい一部の老人評論家は、「センチュリーは誠実で真摯な演奏をしてナンバーワンだ」と言う。このあたりの不幸なすれ違い(おそらく大手を嫌って二番手を応援する判官贔屓が混入している)もまた、ハイフィンガー奏法のガンガンうるさいピアノ演奏を拍手喝采したかつての日本のクラシック音楽界と同じである。

おそらく元凶のひとつは、いわゆる斉藤メソードだと思う。

奏者にわかりやすい手の動かし方をピアノ伴奏で稽古するときには、音のタイミングを確認しながら体を動かすことができるので、ハイフィンガー奏法めいた「ガッ」「ブッ」「ドッ」方式に音を出してもらうのが便利なのだと思う。(斉藤秀雄が桐朋で教えていた頃は、練習ピアニストが本当に「ハイフィンガー奏法」で弾いていたのではないかとも思われる。)小澤征爾も秋山和慶も、バーンスタインに就いた大植英次も、最近では沼尻竜典も、それではダメだとどこかで気付いてそれぞれのやり方でオーケストラと接するようになって成功したわけだが、奇しくも、オザワを除くこれらの桐朋系指揮者たちは全員、ピアノがうまい。そして山の手育ちの小澤征爾には合唱の経験があった。彼らは、トーサイ先生が教えない音楽の機微を知っていて、「ハイフィンガー」から自力で脱出したわけである。しかし指揮者が全員、そういう風に「脱会」できるとはかぎらない。音と身体の結びつけ方は、一度染みついてしまうと、なかなか克服するのが難しいのだと思う。斉藤秀雄系桐朋指揮者の功罪である。

山田和樹が、日本で一番馬力のあるオケはN響だろう、と言っていたが、外国人指揮者とずっと仕事を続けてきたN響はその歴史的な経緯からこの種のハイフィンガー的な「ガッ」「ブッ」「ドッ」とは縁遠く、桐朋系の指揮者とは相性が悪いですよね。それは理由があることだと思う。(今もそうで、毎週日曜にテレビで放送されている大河ドラマのヤルヴィ指揮N響の演奏は、「ガッ」「ブッ」「ドッ」とは無縁に爽やかじゃないですか!)

大阪フィルも、N響とは経路が違うけれど、これまでずっと、ハイフィンガー的な「ガッ」「ブッ」「ドッ」とは距離を保って活動を続けてきたはずなんですけどね……。

中堅や若手のプレイヤーは、大阪フィルでもセンチュリーでも、「ガッ」「ブッ」「ドッ」でいいと考えるはずがないと思うんですよね。そういうのはダメだ、ということで音楽を勉強して、その実績を認められて今のポジションを得たはずですから。

それじゃあ、いったい誰が「ガッ」「ブッ」「ドッ」を歓迎しているのか?

膿は、しっかり出したほうがいいんじゃないかなあ、という気がしております。

英雄の生涯は、文化史を視界に収めたシュトラウス研究者がその成立背景を具体的に解説できるのだろうけれど、今回ステージで久しぶりに聴いて、これはオペラを書くための練習なんじゃないかと思った。人生の様々な場面をつないでいるので「転換」をどうするか、が問題になって、スムーズにつないだり、あるシーンの盛り上がりが次の場面を導く「推移の技法」を試しているところもあるし、批評家の登場は、新たな人物の登場でぱっと気分が変わる手法を試しているように聞こえる。

ヴァイオリン独奏は、(正直、実際の妻の性格描写だ、というような私小説風の解説は聞き飽きてうんざりですが)プリマにアリア風の満足を与えながら「会話」を進行するにはどうすればいいか、という課題に挑戦しているように思う。

戦闘シーンはバンダとピットのオケの組み合わせを試したのだろうし、こういう風にたくさんのシーンに分割されていると、ソナタ形式としての主題の展開や絡み合わせがオペラのライトモチーフ風に「記憶」を操作する技法に思えてくる。

英雄の生涯はオペラみたいな管弦楽曲だ、と思うと、先に指摘した「レミbファミb ソファミb」(シドレド ミレド)のディアトニックな「うた」をどれだけ朗々と歌わせるか、その重要さがわかろうというものだし、ワーグナーがノートゥンクの「ソド ドミソドミ」のように和声的・機能的にモチーフを発想するのに対してリヒャルト・シュトラウスは「歌えるモチーフ」を書く、そこが彼の自負であり大きな特徴だと思う。ところが尾高さんは、若杉さんの急逝によるピンチヒッターとはいえナショナル・シアターの監督までやったのに、オペラ的な音楽作りができない人なんだなあ、というのも、今回残念なことでした。

(尾高尚忠の1944年のチェロ協奏曲は、チューバまで入ってドヴォルザークの協奏曲みたいにオーケストラの編成が大きく、第2楽章はリヒャルト・シュトラウスのドン・キホーテみたいに変奏曲形式で書かれていた。尾高さんは、お父さんの作品の全集を大阪フィルと作っていただく、というのがいいのではないでしょうか?

あと、尾高さんには、「大阪に大栗裕という作曲家がいて、彼は、尾高尚忠が獅子奮迅に活躍した戦後の混乱期の日本交響楽団でホルンを吹いていたんですよ。宮田くんとは違う形で、お父さんと縁のあった音楽家ですよ」とお伝えしたい。)