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キモいバカの話 知と言語と共同体

疑問1: 周囲の共同体とは異なる知性の在り方を模索するのが「勉強」なのだとしたら、なるほどそれはキモさを発症しそうだが、周囲の共同体に備わっている知性を習得することを「勉強」と呼ばない理由はどこにあるのだろう。

疑問2: 知性が常に特定の言語と結びついている、と本当に言えるのだろうか。

疑問3: キモさを発症させたほうが、勉強している者とそうでない者を見分けるのに便利ではあるけれど、そこは常に色分けされていなければならないのだろうか。