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ドラクエの怪

佐村河内/新垣が騒ぎになったときに、吉松隆が「シリアスな芸術鑑賞とは別に、オーケストラ・サウンドの快楽に浸りたい欲望が広く薄く存在するのだ」と言って擁護していたが、芸術鑑賞ではないオーケストラ・コンサートの可能性に関心がある人は、ドラクエ・コンサートを調べるといいんじゃないかと思う。今ではものすごく大きな市場に育っていて、東条碩夫を焼け太らせた「地域創生」型オーケストラ運動の後期高齢者的徒労感とはまったく別の景色が、そこには白々と広がっているようです。

東条碩夫が岸田繁の交響曲に「おととい来やがれ」的な罵声を浴びせるのは兆候的で、自分が(自分も)ディレッタントなものだから、痛いところを突いてくる成り上がり現象に過剰反応しているわけだが、彼はドラクエには(行くことがあるかどうかはわからないが)たぶん好意的だろう。各地のオーケストラがドラクエに手を染めるのは、そのあたりの機微を敏感に察知していると思う。

少し前までだったら、武満徹や伊福部昭もそういう構図で仕事をしていたのだから映画などの劇伴とシリアスな芸術鑑賞の関係を考えていればよかっただろうが、現在のオーケストラ文化の「地図」を描こうとしたらドラクエは欠かせないかもしれない。

すぎやまこういち現象は、ゲーム音楽論でうまく説明できるのだろうか。歌謡曲から来た人だし、ここでは、吹奏楽(をオーケストラ編曲するとか)とも少し違うことが起きていると思う。