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遊牧から僧院へ:創られた高等遊民神話の現在

80年代ニューアカ・ブームでは、スキゾの語とともに、「逃走」のシンボルとして遊牧・ノマドへの憧れが語られた。柄谷行人が垂直の形而上学ではなく水平・横断的な世俗批評を唱えたのもその文脈だろうし、サントリーがテレビCMにランボーを登場させたりした。小泉文夫や梅棹忠夫は、そうした「遊牧」株の高騰で、事後的にノマド論の先駆者に祭り上げられた。(桑原武夫は、京大人文研に君臨して、そんな梅棹らの新京都学派を統括するボスだった。)

でも、「遊牧」の理念上の舞台である中央アジアは、実際には北のロシアや南のイスラム圏、西の中国と複雑に折衝する地域だし、1990年代以後にイスラム原理主義が台頭して、ソ連崩壊後のロシアも覇権主義が露骨だし、中国は逆に市場経済を大幅に導入したので、中央アジアは、楽天的に「遊牧」を語る場所ではなくなった。今わたしたちがモンゴルでイメージするのは、80年代のイメージCM風の遊牧ではなく、日本人力士をなぎ倒したヒール的な外国人横綱、朝青龍だろうと思う。

(高見山から曙まで、外国人力士といえば日米友好のシンボルみたいなハワイ出身と相場が決まっていたのが、時代は変わりましたよね。お相撲は、日米安保の傘の下から一足早く出たかのようだ。)

90年代からゼロ年代に、「図書館」(水村美苗が叡知の殿堂として賞賛した)や「僧院」(北米分析哲学には中世スコラ哲学を再評価する含みがあるらしく、中世の修道士たちの生き様こそが哲学を加速すると思われている節がある)がしきりに語られるようになったのは、学者もしくは大学人が、領域を横断して「動く」のではなく、研究室に引きこもるほうが有利である風向きになったせいだと思うが、しかしどうだろう。

西洋史では、ローマ帝国、特にその後期末期の歴史(=中世初期)が最近ではあれこれ研究されているようで、修道院は、その成立経緯を踏まえると、「薔薇の名前」でエーコ/アノーが描いたような推理小説風の密室、図書館と一体化した瞑想・黙想の場であったとは言えそうにない。そもそも、ヨーロッパには、キリスト教が誕生してから1000年くらいの間は、現在のような「紙」はほとんどなかったわけですよね。修道院が「書物の殿堂」になったのは、おそらくせいぜい中世後期からだと思う。

(山崎正和は、映画「薔薇の名前」を公開当時に絶賛したと聞いているが、どうやら、知・書物を欲望する聖職者、という「創られた僧院神話」の文脈ではなく、ディテールの積み重ねが中世の雰囲気を見事に生み出している、というアナール派的な態度に共感したようだ。評論家としての山崎正和は、「不機嫌」とか「気分」とかに着目して文学を読む人だったように見える。このように、「薔薇の名前」ですら、公開当初は、必ずしも「修道院への憧れ」を掻き立てる文脈に置かれていたわけではないことを覚えておきたい。)

ついでに言えば、日本の寺も、しばしば天皇家や有力な公家の跡目争いと連動して、世俗に残しておくと火種になりそうな者が高位の僧侶になるのだから、機会均等といいながらも実際にはそれなりの家の出じゃないとフル装備の大学教授として活動するのが難しい現在(明治以後)の日本の大学と事情は大して変わらない。浄土真宗(本願寺)のような後発の宗派は、世襲の後継者をいったん公家の養子にして体裁を整えたのだから、教育機関に官僚が天下りするのと似たようなものだろう。僧兵の活躍は有名だし、最近出た『応仁の乱』では、奈良の寺が荘園の経営者に見える。日本の中世の仏僧は、およそ「研究室に引きこもる大学教員」とは似ていない。

「僧院/修道院」を学問の故郷として憧れる、というのは、たぶん、「創られた神話」であり、これを「アジール」と呼ぶのは、80年代「ノマド/遊牧」信者の残党がここに逃げ込んでいる証拠ではないかと私には思われる。

(ハイデガーが何か言っているそうだが、フランスのポストモダン批評は、ニーチェとハイデガーを輸入して自国の哲学伝統に接ぎ木したフランスにおけるドイツ派であったと言われますよね。ポモ的な遊牧とコンサバ風の僧院がここでつながる。)

かつて僧院/修道院とはそういう場所であった、という確定的な言い方をするのではなく、現代のサラリーマン大学教員にとって、自らがサラリーマンであるがゆえの根無し草な心性が、僧院/修道院という想像的なユートピアを要請してしまう、という物悲しい精神分析が要るんだと思う。


1983 サントリー ローヤル

改めてサントリーのランボーを見ると、天使と大道芸人とランボーなんですね。うーむ。

遊牧とか僧院とかに憧れて大学に残る、というのが、正直言って、わたしにはよく理解できない。サントリーがウィスキーを「文化」にしようとしたのは、サラリーマンのナイトライフの充実に勝機を見いだしたのであって、市場経済からの逃走とか、そんなプログラムはここには装填されていない気がするのだが。