20歳の決断 - 「勉強」もひとつの選択肢ではあるだろうけれど、それだけではあるまいに

「メンデルスゾーンは20歳でバッハのマタイ受難曲を蘇演して、ショパンは20歳でコンチェルトを自作自演した。リストは幻想交響曲を画期的なピアノ編曲で出版している。私には何ができるか?」

そこで親の稼業を生かした批評活動、ジャーナリズムですよ、というのがロベルト・シューマンだったんでしょうね。

「暗唱・読書・ヴィルトゥオーソ」をキーワードに読み解く鍵盤音楽史、パピルスと口頭伝承のせめぎあいから録音録画の20世紀までを串刺しにするメディア史としての音楽美学、バレエを見据えた舞曲史、これらを同時に進めていると、行為・パフォーマンス/出来事・イベントとは何なのか、それは、本当に「身体を掛け金とする自己実現」、非言語的な迫力をたのみにして「全力で押し通る」人々が織りなす「事件」と考えるしかないのか、肝心の部分をブラックボックスにして語られてきた「芸術運動」という迷宮に、どんどん分け入りつつある感触がある。後期は、オペラ史とミュージカル史がはじまります。

大学教員は、数年後には Ludus(暇=猶予=学校)から社会に出ていく人たちを相手にしているのだから、とりあえず、さまざまな「20歳の決断」がありうることくらいは説明しておいたほうがいいのだろうと思っている。

集団の横並びvsキモい勉強、という二分法に照らせばシューマンは「キモい」わけだが、この二分法が「20歳の決断」の豊かな多様性をカヴァーしきれているはずはなく、売るための「アングル」だよね。集団主義とキモい個人の二分法で蒙を啓かれた、と思える人がいるとしたら、まあ、それはそれで結構なことではありますが。