クラシック音楽ベストワン

修士論文はどうにもうまくまとまらなくて、伊東信宏に頼んで、シルヴァン・ギニャールに論文で扱う予定のシューベルトの即興曲の分析を見てもらった(実質的にはギニャールさんに分析してもらった)。

分析の会はギニャールさんの自宅でやった。

その帰りだと思うのだが、伊東信宏が運転する車にギニャールさん夫妻と一緒に乗って京都の街中へ出る途中で、シェーンベルクの室内交響曲の話題になって、ギニャールさんだったか伊東さんだったかどちらかが、あれは獰猛な猛獣のように恐ろしい曲だ、というようなことを言った。

それ以来、私はシェーンベルクで一番凄いのは作品9の室内交響曲で、たぶんクラシック音楽のなかで別格断トツの作品、ということでいいのだろうと固く信じて疑うことなく今日まで生きてきましたが、

改めて楽譜を読み直して、この曲は確かに凄いけれども、それは音楽の凄みというより、生き急ぐシェーンベルクの凄みなのかもしれないと思った。

交響曲の歴史を超高速ダイジェストに30分で早送りするような作品で、その行き着く先のF-durのハーモニーが、まるで生まれて初めて耳にしたかのように新鮮に響くのは確かに感動的で、「春の祭典」の最後の死にものぐるいのフル・オーケストラによる変拍子(全員同じリズムなので落ちたら必ずバレる)と双璧な、20世紀初頭の作曲家が幻視した音楽の「終焉=未來」ではあると思う。

……というような話はある種の人々を辟易させるらしいですが、たまにはこういうことを書いたって、別にいいじゃん。何をイジけているんだか。