赤い陣羽織:補遺

東条さんは、おそらく関西歌劇団関係者か林誠に楽屋かロビーで訊いたことをブログに書いているのだろうけれど、いくつか情報に曖昧なところがある。

まず、「赤い陣羽織」を「白狐の湯」と組み合わせた上演は、初演後、既に何度か行われています。つまり、この二本立ては初演以来今回が久々の蘇演というわけではないし、「白狐の湯」が初演後最初の再演だというわけでもない。

それから、林誠がおやじを歌ったのは、1970年代に東芝EMIでこの作品がレコーディングされたのに合わせた舞台上演が最初だったはずなので、既に初演(1955年)から四半世紀経ったあとです。

当時まだ1955年の初演時の歌手の何人かは現役で、初演時の演出がそのまま残っており、林誠は、オリジナル・キャストの中に、いわば「二代目」として参加する形だった。他の役についても、関西歌劇団は同様に後継者を補充しながら上演を繰り返すことで、武智鉄二の「原演出」(いつしか関西歌劇団公演ではそのように表記されるようになった)を伝承して、今日に至っています。(初演以来亡くなるまで関西歌劇団を切り盛りした野口幸助(「白狐の湯」初演にも参加した関西歌劇団のプリマ・ドンナ樋本栄の夫)や、初演時に神戸大学生で「白狐の湯」のプロンプターを務めた演出家の桂直久(「赤い陣羽織」で初演以来長くおかかを演じ続けた桂斗伎子の夫)らが、こうした関西歌劇団の「伝統」の守護者だったと推察されます。)

だから、林誠だけが当時を知っていて、それを他の若手に伝えた、というのは、ひょっとすると林誠はそのような意識でやっていたのかもしれないけれど、事実とは少し事情が異なります。

(ビデオで公演を記録するようになった1980年代以後、いくつか記録映像が残っているけれど、残念ながらオリジナル・キャストの映像は、少なくとも私は観たことがない。音については、昭和30年代のラジオ放送の録音が残っています。)

これは東条さんだけのことではありませんが、最近の「プレス」なるものは、広報ベースで、主催者・当事者の言うことを鵜呑みにしすぎるきらいがある。それは、正確さを求める行動というより、責任逃れだと思う。

主催者・当事者がそう「言っている」のだから、私が間違ったのではなく、責任は私にそのように説明した人たちにある、というわけだ。

でも、そんな上意下達な姿勢では、報道も批評も、もちろん、学問も成立しないよ。


この作品の武智鉄二の演出では、脇役たちがそれぞれに「型」をもっている一方で(例えばお代官は人形風にカクカク動いて、その奥方は歌舞伎の女形風である等々)、おかか役は自由に動く「人間」である、と設定されていた形跡がある。ヒロインだけが別世界の存在だ、というわけで、そこは、夕鶴でのつうの扱いを連想させるところがある。(武智鉄二は「赤い陣羽織」を手がける前に、夕鶴を能様式で上演している。)

ただ、そうなると、おやじの立場は曖昧になる。お代官と入れ替わるけれど、それじゃあ入れ替わる前の素のおやじとはどのような存在なのか、というと、たぶん、おやじにも「型」はない。「型」ではなく、ドラマ上の文脈によって、どこでどう動くか、ということが定まっているように思われます。おかかは自由人だが、おやじは機能的な存在なのかもしれない。

林誠が、「これがおやじの型だ」と信じているものは、ドラマのなかで定まっていった動き・位置が事後的・二次的に「型」に近い何かへと慣習化したのだと思う(第1場で脚立に上がって孫太郎と絡みながら色々小芝居するところとか、第2場での着替えの段取りとか)。今回の上演では、最後に歌舞伎めいた口上を林誠が述べていたが、林誠自身は、おやじの役柄を歌舞伎的な何かだと認識しているのかもしれず、そこがちょっと面白いと思いました。

(歌舞伎というのも、先行する能狂言や人形浄瑠璃を摂取しながら、「型」めいた何かがあとから伝承のなかで生成して今日に至っているわけで、あとから加わったメンバーであった「二代目」林誠が、武智鉄二オリジナルだと信じつつ、そうとは言い切れない何かを生成・慣習化しつつあるところは、どこかしら歌舞伎役者風ではあるかもしれない。)

ちなみに、三越劇場の初演時の「赤い陣羽織」は、当時の舞台写真や新聞報道をみると、衣装や主な小道具はその後伝承された通りだけれど、金屏風があったのかどうか、はっきりしない。創作歌劇は、1幕ものでキャストが少なくオーケストラも小編成で、あまりお金をかけない「軽装」で、という趣旨だった。和物の衣装や小道具は、おそらく当時は、洋装よりも手軽で安上がりだったのではないかと思う。

今では、和物のかつらや衣装やメイクを揃えるのは大変なことですね。

「白狐の湯」がシンプルな舞台で、あまり大仕掛けなことができなかったのは、「赤い陣羽織」の上演が実際にやってみると結構大変だったからではないだろうか。