今夜、リスト編曲の「幻想交響曲」を松村英臣さんが弾く演奏会が、大阪倶楽部であります。付け合わせはシューベルトの即興曲(op.90のほうの4曲)。
前のエントリーに書いた国道のバスで「丘の上の大学」へ通っていた大学院生時代に、私が一番熱心に調べていたのは、シューベルトのピアノ小品とリストのオペラ・パラフレーズ、各種トランスクリプションでした。
調べるうちに、そのものずばり Tomas Kabisch "Liszt und Schubert" という1984年の博士論文があることを知り、驚いたものでした。(KabischのDoktorvaterはCarl Dahlhausです。ダールハウスが後期ベートーヴェンやシューベルトの晩年の弦楽四重奏曲を分析するために考案したthematische Konstelation / thematische Konfigurationという分析概念をVariantentechnikと一般化して用いています。)
あとでウェーバーのピアノ音楽に鞍替えしたのは、ウェーバーもシューベルトと並ぶドイツ初期ロマン派で、実はピアノのヴィルトゥオーソの先駆でもあるということで、シューベルトとリストの「中を取った」ようなものだったかもしれません。
そうしたら今度は、Frank Heidlberger "Carl Maria von Weber und Hector Berlioz: Studien zur franzoesischen Weber-Rezeption" という博士論文が1994年に出て、彼はあれよあれよという間に、ウェーバー全集の編纂の中心人物になっています。(「効果・エフェクトの美学」とでも言うべきものをベルリオーズの著作と作品から読み取り、ベルリオーズの側から光を当てることで、ウェーバーを、いわば「ネクラ」なドイツ音楽とは違う文脈に解き放つことを狙う研究だったように思います。ウェーバーのことを調べていると、そういうことを言いたくなるものです。)
同じようなことを考えて、自分より遥かに情報・資料の整った環境で、母国語で書き、考えて、成果を出す人がいる。音楽学とは容易ならざる学問だ、と思ったものでした。
(だから、何でも良いから博士論文を書けと脅迫された阪大生が正面突破を諦めて、流行のタームをちりばめる「学問芸人」でお茶を濁した心理はわかる(ような気がします)。わかった上で軽蔑しますが。)
シューベルトとウェーバー、リストとベルリオーズの4人は、私の頭の中では、四角形の4つの頂点のようなセットになっています。
(私の頭の中では、音楽のロマン主義というのは、この四角形と、ベートーヴェン、シューマン、ワーグナーの三角形の組み合わせ。そして大学院にいた頃の私は、シューマンとワーグナーがドイツ音楽の諸悪の根源だと信じていて(今も多少思っています)、こいつらが発信する電波を除去すれば、19世紀前半の音楽史はすっきり見通しがよくなるのに、シューマンとワーグナーは実に鬱陶しい嫌な奴らだ、なまじ良質の音楽を書くからタチが悪い、と思っていました。
「シューベルトとリスト」、「ウェーバーとベルリオーズ」という問題設定をする研究者がいるということは、ドイツ人の中にも同じように思っている人がいるということだから、とても勇気づけられました。
今では、これはドイツの問題だから、ドイツ人に頑張って闘っていただいて、自分は自分にできることをやろうと思っています。
そして、東大出身で小難しい芸術論(言葉狩り的に「藝術」や「美」などの言葉を自粛して実質同じようなことを言う場合があるので、看板に惑わされない注意が必要)を振りかざす音楽関係者と、作曲理論を藝大特有のやり方で官僚化する動きに攪乱されなければ、日本の戦後の音楽史はすっきり見通しがよくなりそうなのに、と日々思っているのですから、何も進歩しておらず、いつまでもつまらない意地を張り続けているだけなのかもしれません……。)
フルトヴェングラーの活動を丁寧に調べてある点では良い本だと思いますが、著者の視界に、著者が調査で訪れて出会い、何らかの接触があったに違いない現在のドイツの人たち、オーケストラや放送局や図書館で働いている人たちの気配がないのは妙だなあ、と読んで思いました。
- 作者: 奥波一秀
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資料だけゲットして、著者が一人で考えているような感じがする。フルトヴェングラーは、まずはドイツの問題だから、そのつもりで色々な考えをもっている人がいるはずで、せっかく調査に行かれたのであれば目の前のその人たちとも言葉を交わせばよかったのに、そしてそのような交流があれば、そのことを直接書かなくても、文章に何らかの影を落としただろうに、と思いました。
松村さんがシューベルトとベルリーズ/リストを弾く。本当にワクワクします。