ベートーヴェン語り

あれは無差別級異種格闘技だと思う。和声でも楽器の効果でも「動機労作」でも、使える「わざ」は何でも使う。

使えるものは何でも使うくらいじゃないと、モーツァルトには勝てないし、ウィーンでは生き残れないと必死のパッチだったんだと思う。

そういう意味では、あれかこれか(動機労作か和声か)より、「あれもこれも」語法を採用する方が、私にはしっくり来る。

(ちなみに、「動機労作」なんて言葉は当時の音楽理論には存在せず、あれは、弟子のツェルニーよりさらにあとになって事後的に見いだされた楽譜解読の方便です。現在「動機労作」と呼ばれている音の並べ方は、創意 inventio の仕上げ elaboratio と修辞学の枠組みで認識・説明されていたようです。だから当人はバッハのインヴェンションの「ドレミファレミド……」と地続きの手法で書いていると思っていた可能性が高い。)