コーンウォルのフィガロとスコットランドのスザンナ

コンヴィチュニー演出の「トリスタンとイゾルデ」のDVD(再発売)がようやく到着。

いや、第1幕からブランゲーネが生き生きしているなあ、と思ってはいたんですよ。よく気がつくし、ご主人様への思いやりにあふれているし……。

ということで、以下、ネタバレします。(私が観ていなかっただけで、バイエルンの歌劇場が日本でもやったプロダクションだから、今さら大げさに気を遣うことはないのかもしれませんが……。)

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ブランゲーネはいいんだけれども、そして別に媚薬を飲まなくてもトリスタンとイゾルデは愛し合ってしまうんだ、というのは受け入れやすいわけですけれども、

でも、そこから先は、あまりドラマがないんですね。

「夜」のキャンドルはきれいだけれども、もう半分が過ぎてしまって、このまま普通にラブストーリーとして終わるのかなあ、ミュンヘンではコンヴィチュニーがあまり仕事をさせてもらえなかったのかなあ、と思っていたら、

……びっくりしました。

マルケ王の登場がこんなドンデン返しになっていたとは。

(ちなみに、「どんでんを返す」というのは、

本来は、歌舞伎の舞台で、大道具を一気に90度後ろにひっくり返して、底になっていた面を立てて場面を転換することで、その仕掛けのこともいう。

どんでん返し とは - 由来・語源辞典

だそうですが、トリスタンがどっかから持ってきたソファーを後ろに倒したり、また元に戻したりするのが「どんでん返し」の予兆だったのかしら。)

まあ、そうですよね。

色々思い悩むのだけれども気位が高くてなかなか自分から能動的になれないお姫様とか、気が多いんだか一途なんだかよくわからない若殿様に仕えていると、何かと大変に違いなく、ふとしたきっかけで似たような境遇の者同士が心を通い合わせるのは、むしろ、自然なことかもしれない。ブランゲーネとクルヴェナルがいなかったら、あの2人、何もできなさそうですもんね。

船上でトリスタンがイゾルデの部屋へ来るのも、実はクルヴェナルが気を効かせて、そう、仕向けたんじゃなかろうか。船員たちの手前、ブランゲーネを率先して侮辱しちゃったけれど、内心ではわかってるんですよ。で、トリスタンをイゾルデのところへ行かせたあとで、「俺も立場上、色々難しいんだよ」みたいな本音を洩らしたのが、ブランゲーネと意気投合するきっかけだったのではなかろうか。

しかしそれにしても、ブランゲーネとクルヴェナルができてた、というのは、不倫の発覚よりもはるかにイイ感じのサプライズですよね。お似合いのカップルで、まったく嫌な感じじゃないし……。

(たぶんトリスタンとイゾルデの2人は「天然」で、本心を隠しながら行動することなどできそうにないから、コーンウォルのお城は既にこの話題でもちきりだったんだと思う。マルケ王を見ていると、「さすがにこれ以上放置しては城内にしめしがつかない」という苦渋の決断な感じがして、この人が作中では一番「オトナ」に見える。実際クルト・モルですしね。)

そうして、殿様の従者と奥様の小間使いが一緒になる、ということだと、これは「フィガロの結婚」じゃないですか。ワーグナーの「ドンデンを返す」とダ・ポンテ/モーツァルトが出てきてしまった。

2人はこのあとも長生きして、死んじゃったご主人様たちのお墓を守ってくれそうですもんね。

ご主人様たちの心は幕が開く前からたぶんもう決まっている、そういう運命、ということで彼らに「ドラマ」はない。(昔は「不倫で死んで結ばれる」にドラマを見いだすことができたかもしれないけれども、今はそれも難しい。)この「3幕のHandlung」を通して、少しずつ愛を育むのは、貴族階級の主人公たちではなく、平民であると思われる召使いの2人なんですね。

いいお話でございました。

そして、主役陣が色々難しくてあまり動いてくれないときに、演出家に何ができるものなのか、という点でも教えられる。