「ウォークマン猿」再考: モノラル/ステレオ/モノクローム

話が入り組んでいるらしいことがわかってきたので、基本的なことをまとめてみた。

1950年代以前「ニューメディアのモダニズム」

レコード、ラジオ、映画の音声はすべてモノラルだった。

(のちに順次実用化されるステレオ音声技術は、いずれも試験段階に留まっていた。)

1950年代「ニューメディアの大衆化」

ステレオ音声は、1950年代の北米風味の大衆社会に投入された付加価値だったのではないか。

  • LPレコード(ステレオ音声)
  • 商業映画のワイドスクリーンとステレオ音声

一方で、

  • テレビ放送(モノラル音声)
  • 磁気テープ民生録音機(複数トラックを同期したL/Rチャンネルとしてではなく、非同期の独立したモノラル音声トラックとして使うのが一般的だった)

1960、70年代「サブカルチャーの時代」

  • LPレコード全盛、FMステレオ放送 → カセットテープは当初からステレオ録音に対応

一方で、

  • AMラジオ、テレビの音声はモノラルで録音/再生(放送局での収録もモノラル環境、サウンドトラックと称する劇伴音楽のステレオ音声レコードは放送用とは別の録音セッションで収録された)
  • 映画の音声は音楽重視のステレオ上映と従来のモノラル上映が併存

1980年代「デジタル対アナログ」

  • CD(ステレオ音声を前提とするデジタル符号の規格化)
  • 映画のステレオ音声上映が一般化
  • テレビはステレオ・音声多重放送とモノラル放送が併存 → 民生ビデオデッキは当初からステレオ放送に対応

ステレオ音声の成功は、1980年代のこれを組み込むデジタル符号の規格化が決定的だったのではないか。そしてここから逆算すると、音響再生産技術における「ステレオ」は、LP/カセットによるサブカルチャー全盛の1960〜70年代においても、まだ標準ではない付加価値であり続けたのではないだろうか。そして、だからこそサブカルチャーを特徴づけるアイテムになり得たのではないだろうか。

両耳にイヤホンを突っ込んで陶然としているSONYのおさるさんですね(笑)。

(大栗裕は1982年に亡くなったので、テレビのステレオ放送を知らないし、LPレコードはあまり持っていなかったらしい。カセットデッキはもっぱらFMのエアチェックに使用しており、仕事の現場では、最後まで「録音はモノラル」の世代だったと言えそうだ。)

そしてこのようにまとめた上で、モノラルについて考え直してみる。

モノラルとモノクローム

20世紀の聴覚文化というようなことを考えるとしたら、LPからCDへという音盤の隆盛を一度外してしまったほうがいいような気がするのです。

(オペラの歴史には、ワーグナーへ至る「ドイツ派」を一度外して考えないと見えない筋目があるのと、おそらく事情は似ている。)

そして音盤の隆盛を、「ひと頃ものすごく栄えたけれども巨視的にはローカルな現象」として位置づけ直す思考実験の入り口になるのが、

20世紀の音盤を除く録音や放送の大半はモノラルだった

ということだと思う。

つまりモノラル音声は、ちょうど写真や映画におけるモノクロームのように、むしろこっちが「ニューメディアの古典」とでも呼ぶべき存在なんだと思う。

人間は、なるほど耳が2つ付いてはいるけれど、だからといって両耳の位相差を考慮しない録音物を受け付けないわけではない。それは、人間が2つの瞳の視差を含み込むことなしには視覚を運用できないからといって、印刷物や画像・映像のすべてが3D化された環境にはいまだ至っていないのと似た事態かもしれないなあ、と思うのです。

「2つの耳」「2つの瞳」というところに着目した視聴覚コンテンツは、人類向けの表現形式としてチューニングが極端すぎる一過性のものかもしれない、ということです。

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ただし、モノラル音声の時代と、モノクロームの写真・映像の時代がほぼ重なっているのは、そういう風な「知覚」論ではうまく説明できそうにない。

むしろ、歴史の偶然で、たまたまそういう取り合わせが上手くいったということなのかもしれない。

でも、とりあえず20世紀半ばには、二つの「世界大戦」に象徴される総動員の時代があって、スターリンとかヒトラーとかルーズベルトとか、大衆を総動員する要の位置に座る個人が各国に登場したわけだけれども、

この人たちの声はモノラルで放送・拡散されて、この人たちの姿はモノクロームで放映・印刷されたんですよね。

「映像の20世紀」とか、その種の企画だと、相変わらず加古隆の扇情的な音楽を使い続けて(←ほんま、やめて欲しいわ)、「暗い時代」の映像・音声は色彩や立体感を欠いていた、という風に演出するわけだけれど、

それを言うなら、そのまえの「モダニズムの祝宴」だってモノクロームでモノラルだったわけですよ。

20世紀の少なくとも前半は、ひとつの原理に集約する欲動が鼓舞された時代だったんじゃないかという気がする。

ライカ物語―誰も知らなかったライカの秘密

ライカ物語―誰も知らなかったライカの秘密

ライツ社のデジタルカメラはめちゃくちゃ高額で、なおかつ、その京都直営店が花見小路にあって、しかも、敢えてモノクロ専用機が現役で製造されていると知って、ちょっとびっくりしたんですよね。

でも考えてみれば、現行のカメラという機械は、レンズの設計と性能であるとか、ピントと絞りとシャッター速度についてであるとか、といった事柄が機械のスペックの重要な問題とされる一方、色彩は、被写体がそうなってるんだからそうなんだ、というのと、現像(今ならRAWデータのコンピュータ上での画像処理)でいかようにも操作できる、というのがあって、カメラの問題を越えたところへ位置づけられていますよね。

だったら、カメラはモノクロにして、色彩を扱わないほうが潔い、ということになるのでしょう。