エコー・チェンバー(反響室)に閉じ込められてしまったときに、どうすればいいか。
故事を繙くとしたら、キリスト教の典礼は城壁で囲い込まれた中世都市(=ジェントリフィケートされたゲーティッド・シティの原型だよね)に石造りのワンワン響く建物を造るエコー・チェンバーの行事の典型なわけだが、他方の世俗の歌を伴奏する楽器は、リュートのように概して音が小さい。
(西洋世俗音楽が打楽器を排除して発展したのも、エコー・チェンバーの音楽だからでしょう。)
簡単に言うと、反響をコントロールするためには、反響を生み出す「部屋の壁」まで音がとどかなければいいわけだ。
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近世になって、輝かしいエコーを生み出すチェンバロの傍らで、主にドイツでクラヴィコードが好まれたのは、「部屋の壁」まで音が届かない楽器だからではないかと思う。
そして19世紀市民社会で熱病のように流行したワルツは、抱き合ったカップルが相手の「耳元でささやく」ことのできるダンスだった。
ジョナサン・スターンの聴覚文化論がヘッドセットに着目したのも、それが、個人の耳に直接「遠くの音」を届ける装置だったからですよね。
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西欧の社交を特徴付ける上品なささやきを、「友」(信頼できるサロンの招待客)と「敵」(都市の城壁の外の民衆)を分断する忌まわしい「ディスタンクシオン」だと決めつけて、マスメディアを通した「デカい声」で塗り込めてしまうのは、やっぱり、やりすぎだったんだと思います。
リベラルを標榜する人たち、心ある憂国の右翼を標榜する人たちは、適切なささやき、という作法をまだ覚えているのだろうか?
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岡田暁生は、リストやショパンのパリ社交界を説明するときにこの映画のサロン・コンサートのシーンをみせるのがおきまりだったが、蓮實重彦は、山田宏一・淀川長治との長い長い座談本で、この映画の「ささやき」に着目していましたね。
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ヴィスコンティの映画は英語吹き替えでの国際配給を前提に製作されていたようですが、この最後の作品は、イタリア人俳優を揃えて、全編、イタリア語でささやかれている。
(リマスタリングされたヴァージョンのBlue-Lay/DVDは、以前のDVDのようにピアノのピッチが高くなることがないのが嬉しい。チャプターの切り方がおおまかなので、特定シーンの頭出しは面倒になりましたが。)