芸術新潮が音楽専用ホールに注目する1984年

前の記事に続きです。

「音楽」というジャンルが消滅してしまった1984年の芸術新潮で、唯一「音楽」に関連する話題として出てくるのは、4月号から6月号まで3回にわたり「短期集中連載」された音楽専用ホールについての解説記事である。

東北のバッハホール、大阪のザ・シンフォニーホールを受けて、いよいよ東京に計画中のものを含めてサントリーホール、東京芸術劇場、BUNKAMURAのオーチャードと、3つも音楽専用ホールが建つというので、音に包まれている感覚を生み出すための残響の重要性、シューボックスとワイナリー、エイヴリー・フィッシャーホールの失敗など、その後何度も繰り返されることになる一連の話題が提示される。

「音楽」の問題として考えると、音楽専用ホールの登場は、19世紀に起源を遡ることのできそうな「サウンドの時代」の総仕上げということになると思う。

また、芸術新潮が音楽専用ホールに注目したのは、創刊当時から建築をアートとして扱ってきた雑誌にとって、ホールの設計は恰好の話題だし(特集記事の執筆は「建築家・齊藤義」)、1960年代からLPレコードとオーディオ器機に注目してきた経緯があって、録音再生(音響再生産技術)からの類推で、生演奏もこれからは「高音質」を目指すのだ、という説明は、わかりやすく説得的に思えたのだろう。しかも、新しいホールの写真はA3判の誌面で映える。

でも、そもそもどうして1980年代に「音楽」の人気が落ちた(ように見える誌面になっている)のか、そして、本当に「音楽専用ホール」は起死回生の特効薬なのか、そこがどうもよくわからない。

宿題である。