2017-10-01から1ヶ月間の記事一覧

ニワカ

私はニワカだから、と謙遜してコアでファナティックなファンたちのコミュニティの攻撃を予防する話法があるらしい。FF外から失礼します、に似た処世術、という理解でいいのだろうか。

response と reaction

増田先生は、人間的な「応答」とリトマス試験紙が変色するのに似た「反応」の区別が肝要だと教え諭すが、これは、情報社会(ネットのコミュニケーション)の勘所というより、大衆社会論に先祖返りしている感じがある。真田父子の「兵を塊と見てはならない。…

形式論はfundamentalか?

このあたりのことは学生時代に随分考えたのでとても懐かしい気がするし、こういうことを一度徹底的に考えざるを得なかったのは80年代を学生として過ごした世代の巡り合わせだったのだろうと世代論的共感のようなものを覚えますが、でも今は、そういう風に「…

Three little maids from school are we

「学校帰りの……」と訳すのは誤りで、「わたしたちは学校を出たばかりの(=若いピチピチの)3人のメイドなの」という意味になるらしい。(と小谷野敦のtwitterで知った。だからオリジナルが「学校帰りの……」という意味だとみなしたうえで、「あたしたちはJK…

個人と集団

西欧は個人主義の社会で日本は集団主義の社会だ、という言い方はあまりされなくなったけれど、「西欧の政治家が当然のように学位を取得している」というのが本当なのだとしたら、それは、個人がスキルアップのために大学で何かに取り組む時期をもつ、という…

削る人々

最近ようやく黄色いの(cp3000前後でデンとジムに構えているあれ)をどうにか突破できるようになって、先日は12人がかりで「伝説」を倒す、というのに参加してしまいましたが、ゲームで破格に強いラスボスを連打でコツコツ攻めるのを「削る」と言ったりする…

学位と人徳

ヨーロッパにおける学位もちの政治家の活躍を眺めていると、あたかも、学位授与制度が人徳と教養を備えた人材を選別認定する仕組みとして機能しているかのように見える。それにひきかえニッポンは……。というつぶやきをみかけたが、円満な人格と幅広い教養を…