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「私だけが知っている」

「世界の秘密を私だけが知っている」のヴァリアントとして、「音楽のかけがえのない核心を私だけがわかっている」みたいな心性に陥るケースが音楽にはあるようで、そういうリスナーの心性を狙い撃ちする手法は20世紀のポピュラーソングまで続いているのかもしれず、そうした歌の起源がひょっとするとシューベルトだ、と言えるかもしれないけれど、

周りの高揚感や焚きつけ役のショーバーはともかく、シューベルト自身がどういうキャラクターだったのか、というと、案外そういうタイプではなかったかもしれないと思わせるところが、堀朋平の本は面白い。たぶん、著者自身が、そういう手法に心を動かされつつ、それだけでシューベルトを語るのとは違うモードで書いているからじゃないかと思う。

むしろ、ただでさえ膨大なシューベルトの歌曲の周囲には、過去200年で、シューベルト論とシューベルト研究の歴史みたいな蓄積が膨大にあって、そのアーカイヴの山は、「私だけが知っている」とは正反対の状態ですもんね。

「私だけが知っている」という心性は、誰もが何かを言いたくなるような歌の周囲にこそ発生してしまう。ところが、シューベルトの歌曲は、誰もが何かを簡単に言えそうな代物ではないかもしれなくて、だからややこしいわけですね。

リリシズムの原理みたいなお話。