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陰謀論とイタリア・オペラ史とオペラ座の老人

「坂道を歩いて登るのは辛いなあ」
 ↓
「誰がこんなところに音楽ホールを建てたんだ(怒)」
 ↓
「きっと、私のような善良な市民に悪意を持つ思想集団のしわざに違いない。反日分子だ。排除せねば!」

陰謀論が誕生する現場を目撃してしまった気分である。

そういえば昭和の頃には、似たような理路で、「街中の低俗なBGMは米国商業主義の陰謀だ」と執拗に抗議するクラシック関係者がいたんですよね。松下眞一とか中田喜直とか。

(1920年代生まれで最も多くの戦死者を出した世代と似た思考回路で、美しくも神経質にエリート意識と使命感をこじらせる万年青年将校が2016年に出現するのは、それこそ「思想問題」なのだろうか?)

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そんな不穏な日曜日に、わたくしは坂道を下った湖畔でオペラを観た帰りに龍に出会った。

長らくブラックバスに悩まされているらしい琵琶湖の周囲で「外来魚回収ボックス」というのをみかけましたが、拡張現実ゲームのコイやアヒルやヤドカリやリュウは、広義の「外来種」なのでありましょうか。

(コイの出世はなんとなく縁起がよさそうだし、今わたくしは、何も考えずに育てたのと、「個体値」なるものがいいのに続いて、CP最弱のギャラドスを作るべく三度コイを集めまくっておりまする。既に最弱のフシギバナ、最弱のカメックスは作ってしまいましたし……。カメは平地の盛り場によく出るのでコンサートの行き帰りに会いやすいですよね。フシギは山に多く(うちの団地ではほぼ毎日見る)、カメは平地に多く、コイは当然水辺にいますが、トカゲがどこに出るのか、いまいちわからず、今関西では皆さんが血眼で探しているようですが、どうやら、山でもなければ平地でもない台地に出やすく、実は関西にはそういう地形が稀だから出にくい、ということであるらしき雰囲気がありますね。関東名物と言うべき「台地」に音楽堂を作ると、京都の盆地に育って坂道が苦手な音楽ライターから嫌味を言われちゃうわけですが(笑)。)

藤原歌劇団の方々は、案外ドニゼッティの喜劇の軽みが出ないんですね。イタリア・オペラに強いカンパニーだと思い込んでいたのですが、今はどういうことになっているのでしょうか。

ダールハウスが「音楽史の基礎」(邦訳「音楽史の基礎概念」)で、1842年のワーグナー「リエンツィ」とドニゼッティ「ドン・パスクワーレ」の間に同時代性を語りうるのだろうか、それとも、同時代の非同時代性を語らねばならないのだろうか、年表とはいったい何なのだろう、と書いていたのは、ドニゼッティの当該作品が良くも悪くもコメディア・デラルテの焼き直しだと見なされているのを踏まえたレトリックだったのでしょうが、この作品が1842年(作曲者の晩年)に書かれねばならなかった、1842年だからこそこのようになったのである、という風な歴史的な説明としては、今日のプログラムに出ていた演出ノートは、さすがの一言、パーフェクトな読み込みだと思いました。

パリのイタリア座に通ったショパンやリスト(やワーグナー)のようなアルプス以北ドイツ系のロマン主義者と関連づけようとすると、おそらくベッリーニのほうが説明が容易なのだと思いますが、ドニゼッティの語法は、その簡明さを含めて、やっぱり1830年代以後のものだと思うし、たぶんイタリア・オペラの歴史としては、シチリア出身のベッリーニのほうが傍流で、ベルガモのドニゼッティのほうが、ヴェルディに直接つながっているんだろうと思います。ドン・パスクワーレの様々な劇場効果、定型的ではあるけれども場にふさわしいリズムや和声法やメロディーの選択を聴くと、ヴェルディは、ドニゼッティがブッファとしてやったことをセリアで受け継いだんじゃないのかなあ、と思いました。進歩的伝統主義者ドニゼッティという感じがします。

(その面白さを指揮者やオーケストラや歌い手さんがちゃんと拾っていたかというと、むしろ、なんだか通り一遍のお笑いになってしまっていたなあ、と思いました。DVで虐待される老人ドン・パスクワーレには、確かにヴェルディのファルスタッフやマスネのドン・キホーテにつながる苦みがありそうだし、そもそも18世紀の喜劇作家モリエールの晩年にも、そういう作品がありますよね。「老人」にフォーカスすれば、この作品で21世紀の今に刺さる舞台を作ることができたんじゃないだろうか。自らの老いを逆ギレ陰謀論でどうにかしようとする万年青年とは違うタイプの「老人」とのつきあい方があるはずです。)