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メディア考古学

(九州人風のはったり話法は、また増田聡かよ、と思ったら吉田寛の発言だった。どっちがどっちだか次第にわからなくなるのは、何の兆候なのかしら。)

「VRの最大の特徴(あえて問題点とは言わない)は「その人が何を見ているのか、周りの人が分からない」こと、そして「周りの人が何を見て(して)いるのか、その人は分からない」ことである。

vs

「黙読の最大の特徴(あえて問題点とは言わない)は「その人が何を読み取っているのか、周りの人が分からない」こと、そして「周りの人が何を読み取って(して)いるのか、その人は分からない」ことである。

メディア考古学風な読書の歴史では、この種のエピソードは定番のような気がするが……。だから、個やペルソナを立ち上げるタイプのメディアがその普及の初期段階で発症する特性が際立ったとは言えても、それ以上ではないんじゃないか。そしてメディア論は、この種の初期症状の新奇さを面白がる通俗性に退屈するところから成熟するんじゃないのかなあ。

ピアノを一生懸命弾いている姿は滑稽だ、とか、管楽器を吹く人は顔を真っ赤にしてほっぺたがふくらんで、なんだかおかしい、みたいなことを「見る/見せる」だけでは、音楽の話が先へ進まないようなもので。