伊東信宏「中東欧音楽の回路―ロマ、クレズマー、二〇世紀の前衛」

出たばかりの本ですが、とても面白かったです。

中東欧音楽の回路―ロマ・クレズマー・20世紀の前衛

中東欧音楽の回路―ロマ・クレズマー・20世紀の前衛


伊東さんが東欧の民族/民俗音楽、シャガールの絵に出てくるクレズマーのヴァイオリンやトランシルヴァニアのロマのブラスバンド、エネスク等々を調べていらっしゃることは、ザ・フェニックスホールのレクチャーコンサートなどで断片的に知ってはいて、そのときのお話も含まれていますが、こんな風に関心が広がっていたとは……。

私自身は、ついつい「大栗裕の話に応用できるところはないだろうか」と実利的な関心が先に立ってしまったのですが、

(例えば第2章で取り上げられたストラヴィンスキー「結婚」を日本で初演したのは、あまり知られていないこと&情報が乏しい公演なのですが、おそらく、1955年の武智鉄二と関西歌劇団です。第3章のコダーイ/クンデラの民謡/民俗論を読むと、大栗裕流の民俗素材の扱い方をオールドファッションにしてしまった小泉文夫の科学的(彼自身の言い方では「現象学的」)&戦後民主主義的わらべうた研究のことを思わずにいられません。あるいは第6章のオペレッタ作家レハールが軍楽隊長の息子というのは大栗裕が元第四師団軍楽隊員に学ぶ天商吹奏楽出身というのとちょっと似ていると思ったり、第4章コラムのパリのロシア人街の話から朝比奈隆が戦争中に半年指揮した上海租界のことを思ったり、第8章のコラムで「赤い陣羽織」の原作「三角帽子」にも登場する粉屋の女房の民俗的な意味づけを教えられたり……、)

上海の伯爵夫人 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

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「ブルガリアの小林旭と倖田來未」(チャルガ)の話が、リゲティへのインタビューと並んで載ってしまっています。普通に読んで楽しいと思います。

しかも、付属CDには、コパチンスカヤの弾くエネスクのソナタ第3番(第1楽章だけで、ピアノは下のCDのファジル・サイではないですが)まで入ってます。

スーパー・デュオ!

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  • アーティスト: サイ(ファジル)&コパチンスカヤ(パトリシア),バルトーク,サイ,ベートーヴェン,ラヴェル,サイ(ファジル),コパチンスカヤ(パトリシア)
  • 出版社/メーカー: エイベックス・クラシックス
  • 発売日: 2008/09/24
  • メディア: CD
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どうして極東の一介の中年音楽学者(失礼!)の書いた本に、話題のヴァイオリニスト、パトリシアちゃんの演奏が付いてくるのか? P.115のかわいらしいブルガリアのチャルガ歌手は誰なのか??

(そういえば、コパチンスカヤが初来日でN響の地方巡業に同行したときに、伊東さんから「京都を案内する人を誰か探しているのだけれど」と自宅に電話がかかってきたことがあったような……)

そういった不思議な縁を含めて、刺激的な本と言えるのではないでしょうか。