東大人文学の美徳なのかもしれない文化の三点測量が音楽論に欠けている件(末木文美士『日本仏教史 思想史からのアプローチ』)

[2/19 タイトルを一部変更、最後にブックリストを追加。PM 19:20 三度タイトルを変更。]

既に何度かご紹介していますが、このところ、いつも持ち歩いて、その時々に気になる項目を繰り返し読み返しています。日本仏教という錯綜した案件をすっきり整理してくれる驚異的に有用な本だと、読み返すほどに実感しております。

日本仏教史―思想史としてのアプローチ (新潮文庫)

日本仏教史―思想史としてのアプローチ (新潮文庫)

以前、戦後日本のビジネス思想のキモは二項データ・二次元プロットだったのではないか(そして柴田南雄や吉田秀和のような戦前の帝大で学んだ人文系知識人が戦後、中年期になってからキャッチアップすることができたのも、せいぜいそこまでだったのではないか)、と書きました。

http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20110824/p1

それとの対比で言うと、70年代以後の東大の先生方は、視点が2つではなく3つある、三次元で考えている気がします。

東大教養比較文学比較文化の平川祐弘は、常々「文化の三点測量」が重要だと言っていたそうで、たしかに、観察者の空間内での位置は、他に2点が与えられてはじめて定位できるわけですよね。(GPSも原理は同じ。)

日本をいかに説明するか―文化の三点測量

日本をいかに説明するか―文化の三点測量

この本自体を読んだわけではないですが、確かに平川氏が「三点測量」という語を使っている証拠ということで。

教養学部で文化人類学を専攻した川田順造も、自分はアフリカとフランスと日本を往復して、三点測量しているという意味のことを書いています。

文化の三角測量―川田順造講演集

文化の三角測量―川田順造講演集

こちらは「三角測量」と少し言葉を変えていますね。あと、比較文化・比較文学では相互の影響関係の研究から始まっているはずなので、通常、全く無関係なものを並べて論じるのではなく、何らかの関連や共通項が予め確証もしくは想定できる事例の比較を行うのだと思いますが、川田順造の場合は、相互に独立・断絶している文化の間に共通項や構造的類似を見いだし、文化の普遍理論や一般理論の構築を目指す志向が強いと思われ、ややニュアンスが違っていそうです。

教養部のフランス語教師から総長になった蓮實重彦も、フランス文学とアメリカ映画と文藝評論だから、いちおう3つありそうです。(映画論も、ハリウッドとヌーヴェル・ヴァーグと小津だから、やっぱり、3つですね。)

浅田彰は、柄谷行人が学生時代に書いた論文で三島由紀夫・吉本隆明・江藤淳という三角形の中点に立つと書いており、これこそが「どこでもない批評の場所」という物言いの原点だと解説しているそうですが、ここにも、三角形が出てきます。(この人は書くことで左翼する人ですから、三点で世界像が定位されることに我慢がならず、三すくみをどうやって越えるか、という志向になり、『世界史の構造』に「交換様式D」(名前はまだない)という4番目を預言することになるわけですが……。)

不在のユートピアを希求するカラタニ理論の場合は、北半球の冷戦(東と西、社会主義と自由主義の典型的な二項対立)に南半球の第三世界を対置する60年代新左翼流の三角形(「第三の軸」論)ではアカンやろう、という思いが滲んでいる感じがしますし、

80年代以後に活躍した東大知識人の先生方の場合は、東京(日本円)がニューヨーク(米ドル)、ロンドン(EU、通貨統合もやり遂げた)と並んで西側「先進国」の三極構造の一翼を担っている、三角形を制する者が世界を制する、という自負を背負っている気がしないではないですが……、

ともかく、スピード重視のビジネスパーソンは二項のプロットで見切り発車的に迅速な行動をして、東大の学者さんは、次数がひとつ多い3D立体モデルを扱うことで、世間に対する知性の相対的優位を確保していたように見えます。社会人が同時に扱うデータは2つまでだけれど、東大に学んだ大学人は同時に3つの変数を扱うことができる。脳みそのスペックが文字通りワンランク違うのだ、と言っているかのようです。

[2/19 追記]

そしてあとから気づいたのですが、三極構造というのは、西洋語によって分節された人間関係にあてはめると、「わたし(一人称)/あなた(二人称)/彼・彼女(三人称)」の区別に相当するのかもしれませんね。ビジネスが「わたし」と「あなた」の対面交渉であるか、さもなければ、「われわれ」と「かれら」(=ライヴァル)との競争であるか、いずれにせよ二分法でどうにかなるのに対して、大学の先生たちは、「第三者」を考えに入れた三極構造で人間関係をモデル化することによって、社会への指導的・啓蒙的な立場を確保することができたのかもしれません。またこれは、明治維新の文明開化が「かれら」(=西洋)に追いつけ追い越せを性急に強調し、先の戦争が、知識人をも学徒動員して、日本人すべてを「お前と俺」との一蓮托生状態へ巻き込んだことを乗り越えて、今やようやく、「わたし」と「あなた」と「かれら」が安定して存在する世界像を築きうる段階へと日本が「近代化」されたという自負でもあるのかもしれません。

[追記おわり]

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末木先生の日本仏教論の場合は、宗派の教学ではなく、実証的な日本史学でもなく、それらとの緊張関係のもとに、「思想史としての日本仏教」を語る、という形で三点測量がなされています。

(これは、相互に隔たりのある3つの対象を扱うというより、同じ対象に新たな第3の視点からアプローチすることで対象を立体的に浮き彫りにするという話なので、平川流の文化比較や川田流の構造人類学とは違っていますが、個々の宗門は目の前の生きた仏教者として我々に語りかけてくる二人称、歴史学者は仏教を客体と対象化する三人称であり、「思想史としての日本仏教」は、日本仏教を「私の思想」と受け止める一人称の立場だとみれば、先に述べた三極構造の世界観を一歩踏み込んで主体化・内面化する態度の表明だと言えるかもしれません。)

また、大乗仏教を扱うときには、当然ながら、インド(原始仏教)と中国(漢訳経典による教学)と日本の3点ですし、日本の思想史においては、一方の大陸文化と、他方の土着祖霊信仰(神道)との関係で日本仏教が定位されます。

(そしてこれは、3つの別々の対象・領域というより、錯綜してごちゃごちゃになっているものを3つに切り分ける作業だから、比較や立体的アプローチというより、分析という手続きに近いですし、われわれ自身の思想的基盤を自家撞着的な内省とは違う位相で展開する巧みな切り口と言えるかもしれません。)

末木先生の日本仏教史は、三次元「3D」の多様な実践例のサンプル集のようなところがあります。日本仏教は、三点測量を縦横に駆使して絶えず自らの位置を把握しておかなければ、自分を見失って溺れてしまうような困難な領域だ、ということかもしれません。

結果的に、構図の見通しがよくて、しかも、視点を回転させるマルチヴューみたいに、著者の記述に著者とは別の関心からアプローチしようとした場合でも、十分に使えるものになっています。

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日本の音楽論は……、どうも、しっかりした三角形の構図が出現しないようですね。

近代ヨーロッパの藝術音楽は、イタリア・フランス・ドイツの三角形だと思うのですが、3つきれいに出揃った議論は少なくて、イタリア・オペラvsドイツの交響曲(orワーグナーの楽劇)、とか、ドイツ音楽vsフランス音楽といった二項対立で終わりがち。

(西洋人自身が論を立てるときは、イタリアかフランスかドイツか、どれかひとつを自らの立ち位置として採用することができることが多く、一方、日本人から見れば、イタリアもフランスもドイツも他者ですから、同じ現象を論じる場合でも、日本人がそれをやるときには変数がひとつ増えてしまう、という問題があります。この事情を逆手に取ればいいのに、なぜか今までかなり長い間、日本の音楽論は、話者がイタリアかフランスかドイツに無理に自己同一化して論を進めようとして視野狭窄に陥ることがしばしばあったようです。)

古楽運動も、モダンかオリジナルか、という二項対立を煽るところがあって、バッハをピアノで弾くか、チェンバロで弾くか、というのは、だから、問題の立て方自体がちょっと退屈なんですよね。

(資料的な基礎として、例えば日本の1950年代、NHKがイタリア歌劇で「フィガロ」をやるために日本で2台目と言われたチェンバロ(←当然まだ、いわゆる「モダン・チェンバロ」だったはず)を入れた頃には、音楽評論家から「バッハをチェンバロで弾くとはけしからん、バッハはピアノで弾くべきだ」と文句を言われた、と皆川達夫が音楽学会の学会30年史で回想しているといった事実が、「チェンバロvsピアノ」談義でちゃんと踏まえられているのかどうか……。ランドフスカが「プレイエルのチェンバロ」を弾く姿(ニュー・グローヴにも写真あり)が、今の感覚だとグロゲスクにしか思えない、という事実が押さえられているのかどうか。

せめて、リュートのように「弦をつかむ/音をたぐり寄せる」感覚と、鍵盤("Key"board)がmusicaの体系へアクセスする「鍵(Key)」であるという発想に話を広げて、リュートがシルクロードから伝来していたり、数学的音楽論が古代ギリシャからイスラム世界を迂回してヨーロッパへ入ってきたことを視野に入れると、「近代西洋」の貴族・ブルジョワの自足した自我(ego)の楽しみとしての鍵盤演奏を、リュート/シルクロードならびにmusica/イスラムという他の2点と付き合わせて測量することができるかもしれませんし、バッハがこの三角形のどのあたりに定位できるか、というのは、クラヴィコードのことなどを考え合わせて、それなりに面白いテーマかもしれませんが……。)

民族音楽学(日本での「全盛期」を担ったのは小泉文夫、徳丸吉彦、山口修という東大閥)は、川田順造先生の三点測量までいかずに、西洋中心主義批判というように、これまた、西洋か非西洋か、の踏み絵を迫る議論が表に出てしまっていたように思います。最近流行のポピュラー音楽研究は、この、民族音楽流の対立図式の西洋のところへ「藝術音楽」、非西洋のところへ「ポピュラー音楽」を代入しただけで、構図と戦略はそのまま温存しているような印象があります。

日本の音楽学会が音楽家の実学(東京藝大)と美学(東大)という「二つ」の系譜の合流点だったことが、「あれか、これか」の二者択一的に物事を考えてしまう習慣を植え付けてしまったのでしょうか?(バロックをやるなら、服部先生、角倉先生と皆川先生、礒山先生の両方にご挨拶をしておかなくちゃ、庄野先生が指導教官なんだけど、やっぱ船山先生や佐野先生にも一回論文をみてもらっておいたほうがいいのかなあ、 みたいな?)

長木先生の批評的発言も、しばしば、実作者に対する学者の提言、ということで、作曲家vs音楽学者の二項対立だったりしますし……。岡田暁生の啓蒙書は、「西洋音楽という大河」というわけで、もはや2つですらなく、「音楽は一つ」になっちゃっています。音楽における京都学派の全体主義(笑)。

渡辺裕先生も、『聴衆の誕生』では、19世紀のヨーロッパと20世紀初頭の北米と1980年代のニッポンということで、いちおう3つあったのですが……、徐々に「日本国民」という、東京山の手で都市の相貌を傍観する彼自身と重なり合うような視点へ話が収斂しているようで……。

文化の相互比較も、複数の視点の摺り合わせも、対象の分析も、日本の音楽論では、二項対立止まりで、なかなか、三次元へスペックを上げた例が見当たらないようです。日本の音楽学はジャーナリズムに近い体質があるので、二者に分かれた対立図式のほうがマスコミの受けがいい、大きな見出しで扱って貰える、という思いこみが残存しているのでしょうか。あるいは、日本の音楽学は音楽家教育との結び付きが強いわけですが、本郷の「賢い東大生」に遠慮して、上野の音楽関係者は三次元のハイスペックな議論を謙虚に自粛していたのでしょうか……。

あるいはひょっとすると、3つ以上の事柄をごちゃごちゃにしてしまわずに「書く」にはそれなりの構想とレトリックが要るわけですが、日本語の音楽書の書き手や読み手には、それをやり抜くだけの筆力・読書力がない、というような暗黙の想定があるのでしょうか?

(末木先生の本も、日本仏教への「思想史というアプローチ」を打ち出す書き出しが友人H氏への手紙という凝った設定になっていたり、本文は、仏教の日本伝来の年代設定の話からはじまって、伝来元である中国、さらにその由来となったインドへ遡り、そこでようやく、同じ道を逆に進むようにして原始仏教から中国仏教へ、そして日本への伝来という経路を順に説明しています。その後の叙述も、平明なようでいながら、説話・物語の構造はかなり工夫されているようです。

増田聡は、「人文学」とは文化を一般人にわかりやすく説くのが仕事だ、と単純化して言いますが、3つ(以上)のことを説明する、というスペックを落とすことがないからこそ、説話・物語としての「人文学」のスキルがより一層磨かれる、ということになっているようです。もともと単純である話をするだけだったら、アホ(←賢い東大の先生から見て)でもできる、そこで力こぶいれてもしょうがない、ということですね。

また、最近創刊された雑誌で、版元さんが、書き手に「長い文章」を書いて欲しい、と発言していたのを読みましたけれど、書きたいことを書きたいだけ書く、というだけだったら長くはなるけれど、本当にそういうのを読者は求めているのか?ということでもあると思います。

簡潔に言えることは短くまとめてしまって何の問題もありはしない。(例えば、私は岡田暁生が「3.11」であんなに長々としゃべる必要はなかったと思っています。(話が脱線しますが、橋下市長も、タレント時代から話が長い人だった印象があります。話の長い人が歓迎される風潮は良くないと私は思う。『アルテス』の特集で片山杜秀さんが現在を「戦前」と類比したのも、それに通じる話なのではないか。))

長い叙述が要請されるのはどのような時なのか、そこが問題であるはずです。活字メディアに携わっている人は、しばしば活字中毒に陥って、「もっと長い文章が読みたい」と願っているうちに、長い文章「しか」読めなくなってしまっている(中毒症状が昂じて、短い文章に不感症なので)というケースがあるように思うのです。自戒の念を込めて。)

なぜそうなのか、解釈は色々あるでしょうけれど、とにかく、日本で音楽について書く文章は、どういうわけか、二分法ベースなんですよね……。

まさか、日本の音楽業界は「わたし」と「あなた」と「かれら」を弁別する人称構造が未発達で、「敵/味方」「親分/子分」というような前近代の人間関係が温存されているからこうなるのだ、とか、あるいは、東大において音楽というのは「近代的自我」が未発達な人間でも務まるヌルい部署とされているのだ、というようなことはないと信じたいですし……(身近な音楽関係の東大閥さんのなかには、都合が悪くなると妙に高圧的な物言いになる、というケースがあったりして、「ひょっとして、この人、人間ができてないのでは?」と不審に思うことがないとは言い切れないのが不安ではあるのですが……)、

しがない関西の一介の音楽ファンとしては(笑)、

(自分より賢い人の書いた明晰な文章を読むことに喜びを覚えるところもありますので、)

音楽の世界でも、東大や京大の偉い先生方に立派な「三角形」を描画して欲しいです。切実に待望します! 「音楽なんてやってる奴はバカばっかり」とは言わせない、世間一般がそうであるように、バカもいれば賢い人もいる普通の領域、敵か味方かの二分法だけでなく、たまには3つ(以上)の変数がエレガントに平行して動く議論をやりましょうよ。音楽とは、まさにそのような営みなのですから。

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最後に、東大卒の人が最近出した音楽本をおさらいの意味で並べておきます。このなかで、末木先生や川田先生の域に達しそうな人はいるか? 東大さんは、音楽の世界にちゃんとした人材を回してくれているのでしょうか?

東大が最高学府として社会の各領域へ人を派遣するしくみになっている、というのであれば、それでもいい。たくさん勉強して賢い方を生産する機関なのでしょうから。

でも、機械も制度もノーミスということはありえないし、万が一ダメな人材だったときの監査やリコール制度はどうなっているのか。返本は効くの? 自然淘汰……を本当にされるの? そこが私には昔からわからない。

以下、著者の現職は、順に国立音大(3月で退職)、東大美学、東大教養、成城大、同志社女子大、立命館大、大阪大。

出版業界は大変だ、音楽は書く場所がない、などと言われますが、東大の美学や教養を出た方々が、立派な学歴と職歴、安定した執筆環境を音楽学において確保していることがわかります。この人たちは、制度上「日本一」なので、遠慮ということが原理的にあり得ません。問題が起きたときには、誰かが意図的に止めないと、原発と同じでこのままずっと稼働しますよ、たぶん。

日本の音楽論は、三点測量を装填しない原子炉(それは安定したパースペクティヴを見失って「エゴ」が増殖する危険への安全装置が欠けていることを意味する)を日本全国で動かし続ける、ということで本当にいいのか?

バッハ ロ短調ミサ曲

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歌う国民―唱歌、校歌、うたごえ (中公新書)

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戦後の音楽――芸術音楽のポリティクスとポエティクス

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あじわいの構造―感性化時代の美学

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デオダ・ド・セヴラック 南仏の風、郷愁の音画 (叢書ビブリオムジカ)

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ヴァーグナーの「ドイツ」―超政治とナショナル・アイデンティティのゆくえ

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創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書)

創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書)

[付記]

念のため申し添えますが、文化の三点測量とか、変数が3つある、とか言うときに、大事なことは3つともがちゃんと生きて動いている、ということなのだろうと思います。当面の叙述は日本仏教が前景にあって、中国仏教は中景、インド仏教は遠景かもしれないけれど、必要とあればパーリ語経典や天台智顕にズームすることができる360度対応になっている。それぞれが独自に変数と関数を実装したオブジェクトとして動いていることが確認できて、日本仏教の話だからといって、「ブッダ=唯我独尊」、「中国仏教=三蔵法師」みたいな定数=動かない書き割りで処理されているわけではない、と。

音楽著作権の話はそれなりにヴィヴィッドなのに、その背景にある人権思想が「フランス革命=自由・平等・博愛」という中学教科書風の話でおしまいになっていたり、ワーグナーの著作については高解像度なのに、背景が真っ白で音楽劇については一切言及なしだったり……。全部を自分で用意するのではなく、既存のライブラリを借りてくるのでいいんだとは思うのですが、そのような脇役オブジェクトの書き割りや決め打ちではない動かし方、言い換えれば、別のオブジェクトが平行して動いていることを前提とした主人公の振る舞い、というのがあると思うんですよね。

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

(たとえば、末木先生の前任の中村元先生が初期仏教のパーリ語経典(現存するもののなかではブッダの言葉に最も近いとされる)を平易な現代語で訳すのと、岡田暁生がNHKの音楽番組で小中学生にグレゴリオ聖歌のCDを聴かせて、「呪文みたいでわけわからないでしょう」と片づけてしまうのを比べてみるといいのではないでしょうか。

中村先生がパーリ語を普通の現代語に訳した判断は、二千年以上前に人が生きて物を考えていたことを私たちに認知させます。二千年前の出来事に関心を抱き続けていることがはっきりわかる仕事です。キリスト教でも、同様に聖書研究が脈々と続いていますよね。

書物としての新約聖書

書物としての新約聖書

一方、岡田暁生のコメントは、千年前のヨーロッパの営みをアクセス不可能な遠景へ押しやります。

しかも、彼が聴かせたCDは、19世紀のソレム派のネウマ解釈をカトリックがオーソライズした近代の「創成された伝統」の歌唱例でしかなく、いかにも近代人が厳かな「古い真実」だと感じるような解読法ではありますが、ネウマをかなり大胆に割り切ったやり方で処理しているのは否定できないと思います。「呪文みたいでしょう」で片づけてしまうと、千年前に何があったのか、ということだけでなく、過去二百年でこれをなんとか蘇らせようとした営みも、全部ごっそり捨てることになるわけです。それは、あまりにも粗雑ではないか。遠景を決め打ちの書き割りで済ませる、というのは、こういうことです。)

そして個々に十分立体的に仕上げられたモデルを組み合わせていってはじめて、時間軸や空間座標に決め打ちの定数を並べていくのとは違う通史とかトータルな文化論が出来上がるんだろうと思います。

そういう音楽書を私は読みたい。雨ニモマケズ、風ニモマケズ。宮沢賢治は国柱会……。(そういえばオブジェクトというか「像」が無数に増殖したり、宗派が無数に分裂して、そのことが許容されているのは、仏教のひとつの特徴と言われたりもするようですね。)

まつもとゆきひろ コードの世界?スーパー・プログラマになる14の思考法

まつもとゆきひろ コードの世界?スーパー・プログラマになる14の思考法

で、参考までに、本家コンピュータ・プログラミングでのオブジェクト指向って何なのか、Rubyを開発したまつもとゆきひろさんの説明が抜群にわかりやすいと私は思っています。筑波大を出てモルモン教徒で島根在住で、大都会には住みたくないという、ちょっとユニークな人。

Rubyの日本語っぽいと言われることもある文法をどう見るか、というようなことも含めて、バランスを崩さずに色々な領域へ分け入るためにも、三点測量重要ということでしょうか。

私たちよりちょっと上の世代までは、東大の賢い先生たちも、色々な領域へどんどん入っていく勇気をもっていたのに、世の中がちょっと守りに入って、とりわけ音楽の世界にはその姿勢が強すぎるのでは、と思うのです。言葉だけ威勢がいい、というのは早晩見破られると思いますし。