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フラテルニテ

竹馬の友、という言葉があるけれど、フラテルニテは合従連衡を排除しないのではなかろうか。友(情)というものは、失ったり、組み変わったりしてナンボである、と。ロマン主義活劇はもちろんのこと、ドイツ啓蒙劇も、ドラマである以上、そういう風になっているのではなかろうか。(走れメロスも、シラーが依拠した元ネタまで遡れば、いわゆる友情とは違う何かを示唆しているようだし……。)