押尾愛子『朝比奈隆のオペラの時代 武智鉄二、茂山千之丞、三谷礼二と伴に』

http://honto.jp/netstore/pd-book_26518644.html

1月半ばには市中に出回るのでは、とのことですが、関西歌劇団のオペラ(ということは事実上、昭和後期の関西のオペラ)を武智鉄二、茂山千之丞、三谷礼二の三人の演出家に焦点を当ててまとめる本が出ました。

書けるものなら自分が書きたいと思ってしまいそうなテーマなわけですが、書ける人が書けばいいわけで……。

著者の押尾さんが大阪音大音楽博物館に本の準備で調査に来ていらっしゃるときにお会いして、お話させていただきますと、何の話題を振っても見事なお答えが返ってきまして、ああ、これはホンマモンや、早く完成していただきたい、できたものが読みたいと心待ちにしていたのでした。

お芝居好きの方は、宝塚歌劇の本、ミュージカルの本というのがいくつかあるのをご存じかと思いますが、観客の立場で公演の「演出」を語る、というスタンスなので、同じような感じでお楽しみいただけると思います。

もともとオペラはそういうものだったはずで、日本のオペラ(特に「劇場通い」の伝統のある関西のオペラ)をこういう風に語る本がなかったのがおかしいんですよね。

「つながり」の戦後文化誌: 労音、そして宝塚、万博

「つながり」の戦後文化誌: 労音、そして宝塚、万博

宝塚・労音・万博という戦後関西文化を彩る三角形には「重心」があって、それが朝比奈・関オペだ、と言ってもいいと思う。

なおかつ、朝比奈さんは、この段階で、こんな人たちとこんな面白いことやってたんやで!と、読んだらちょっと誇らしい気持ちになれる。

お薦めしたい。というより、もう、この本を読まずに関西のオペラのことは語れない、必読、みたいな位置づけになると思います。

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あとがきを見ますと、押尾さんは京大独文卒でお仕事の関係(ユーハイム)で70年代終わりにフランクフルトにいて、ミヒャエル・ギーレン時代の市立劇場に通っていらっしゃったそうです。そら、あなた、「ホンマモン」ですよ。どういう演目を見てこられたか、本を実際に手にとってそれぞれに驚いていただければと思いますが、ギーレンのパパの仕事ぶりを同じフランクフルトの劇場で見学してオペラ演出に目覚めたのが朝比奈さんなのですから(http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20140822/p2)、話ができすぎている程ですが、でも、やっぱり関西にはこういう人がいるのであって、こういう人に書いていただいてこそ、打てば響く話になるんだと思います。

オペラが上演された時のプログラムに書かれた意欲的な文章は、プログラムを入手しない限り、まず読むことはできない。しかしプログラムは簡単には入手できない。私は、この個性ある文章をそのまま伝えたいと思った。

朝比奈さんにしても、武智、千之丞、三谷礼二にしても、「口上」が上手い人たちだし、劇場・お芝居は「口上」込み。そういうところも含めて、とてもよくできた「関西のオペラの本」です。

(そしてそれじゃあ、「東京のオペラ」はどうだったのか。それを書くのは東京の皆さんの番。三谷礼二の80年代の大活躍はオペラの範囲を超えて広いと思いますし、たとえば「若杉弘の仕事」の全貌がいまだに見えない、誰も何も書いていないのはどうしたことか、とか、色々ありそう。

新国立劇場の新しい監督さんってどうなのか、という話は、若杉さんの業績がちゃんと周知されたうえで、それと比べたときにどうか、という風にならないとおかしいですよね。それが大きなポストを受けた者の「試練」のはずで、これを曖昧にやりすごさせてしまうのはジャーナリズムの怠惰かもしれない。)