「収録」とは

「大フィルはこの曲が得意だと思います。だからやります」という井上道義の決めのコメントに続けてダフニスとクロエの演奏に入って、フルートチームがピッコロからアルトフルートまで、天上から転がり落ちるように音を受け渡すところとか、打楽器の小物の一打とか、そういうのを当たり前のようにいいショットで狙って、5拍子のダンスを感覚の錯乱風の細かい編集で盛り上げた最後は、この撮影チームのトレードマークと言えそうなワイプを駆使して、井上道義がフルオーケストラを指揮棒の一振りでふわっと吹き飛ばすような映像(少年がオトナになる通過儀礼のファンタジーにふさわしい感じ)を作っていた。相変わらず朝日放送のクラシック撮影班は面白い。

四大オーケストラの演奏会当日、席の目の前にカメラさんがいて、今年もやるんだな、と楽しみにしていたが、できあがった番組をみると、たぶん、フェスティバルホールはシンフォニーホールより広々として、カメラを自由に使えるんだろうと思った。カットが多彩になっている気がした。

NHKのオーケストラ演奏会がイベントの「中継」だとしたら、朝日放送チームは、舞台作品の「収録」かもしれないなあ、と思う。

で、「中継」は relay だから、いかにも電信から派生した放送 broadcast の技術用語だなあと思うわけだが、「収録」というのは、どういう言葉なのか?

収録(しゅうろく)とは放送用語のひとつで、放送コンテンツを録音・録画したあと編集を行い、その後電波・電話ケーブルなどの媒体で視聴者・聴取者に伝えるような放送手段を指す。

近年のテレビ番組は、ニュース・ワイドショー・天気予報・スポーツ中継などといった、情報の速報性・正確性が求められる番組や「ライブ感」など生放送でなければ得られない効果が必要な番組を除けば、大半が収録で放送されている。

VTR機材や媒体が無かった・高価であった時代には生放送が主流であったが、録画・録音技術が進歩してくるに従い収録での放送も増加した。さらに近年では放送局・出演者のスケジュール調整やプライバシーの維持、視聴率低迷等により、生放送から収録に切り替えた番組も存在する。

収録 - Wikipedia

という風に、ウィキペディアは放送(番組制作?)の現場で「収録」の語がタームとして定着しているらしき雰囲気を伝えているのだが、英語で対応する言葉は何なのか、と探しても、program recording という、こなれない直訳に見える言葉遣いくらいしか見当たらない。

おそらく、「テレビに出る」「テレビで放送される」というのが、活字媒体に自分の文章が収録されること(included on)に似た晴れがましい意味や効果をもっていて、その自負・責任のようなものを読み込んだ上でこの言葉が使われている(いた)のだろうけれど、単に recording (あるいは filming?)と言うと、そのあたりの含意が抜け落ちる感じがする。日本のテレビに特有のことで、欧米にはそういう含意はないのだ、と言えてしまえるのか(=クール・ジャパン現象としての「シュウロク Shuroku」)、そうではなくて、「番組 program」というテレビの属性が、「放送 broadcast」や「中継 relay」という属性ほどには十分に分析・解読されておらず、だからこのあたりの事情をうまく説明できないだけなのか。

最近は、「何時からどの局でこういう番組が放送される」という情報を得たら録画してあとで見る、それ以外にはテレビは使わない、という風になっているので、テレビの「番組 program」属性の顕在化は新しい事柄のように思えなくもないけれど、「収録」の語が制作上のタームになり得る脈絡は、テレビの全盛期にもあったんじゃないか、という感触がある。

「収録」の語は、制作会社や局内の特定のチームがコンテンツを制作して、「納品」する、という風な分業(下請け)体制が背景に隠れて、取材先や視聴者からは、それが「放送局(受像器の特定のチャンネルと対応づけられているような)の番組」に見えている、という現行のテレビジョンの複雑な仕組みを背負っているようにも思えるし……。

(スタジオ収録のポストプロダクション(編集作業)は、出演者が現場で言ったはずのことをカットする、といった整形のニュアンスが強く、そのような編集が、放送局(マスゴミ?)の自己検閲じゃないか、とネットで騒がれたりするが、朝日放送のクラシックチームのポストプロダクションは、コンサートを音響・映像作品(当世風の言い方だと「コンテンツ」)として仕上げるための演出のニュアンスが強いように思う。大植英次のブルックナーの放送でひとつの楽章を丸ごとカットしたときには、「全部中継しろ、放送局が検閲するな」という感じにネットが荒れて、あとで、そういうネガティヴな感情をポジティヴに変換する対応策としてDVDが出ることになったけれど、「収録」をめぐるあれこれは、そうしたゼロ年代風の炎上ネタに尽きることではないような気がする。)