「三井の晩鐘」

夜、イシハラホールの開館10周年企画。

故・三橋節子さんが左手だけで描いた日本画に触発されて、梅原猛が絵本を作成。それを見た当ホールのプロデューサー、戸祭鷹子さんが舞台化を企画。

音楽は、浄瑠璃部分を三味線の鶴澤清治が作曲、歌(松岡由佳)と洋楽アンサンブル(ヴァイオリン:豊嶋泰嗣、パーカッション:中村功他)を猿谷紀郎が作曲。

とてもたくさんの人が関わった作品のようでした。

「三井の晩鐘」は、湖へ戻らねばならなくなった龍が、人間界に残した我が子に、自分の目玉を与えて泣きや止ませる。そして、三井の晩鐘を聞き、我が子の無事を知る、という近江の伝説。

母が子を思う心の物語だ、という理解にもとづき、音楽は、龍=異界=洋楽器、漁師(子供をあやすことができず龍の妻に泣きつくダメ夫)=人間界=浄瑠璃と色分けされていました。

けれども、洋楽と浄瑠璃が、最後まで平行線で混じり合わないのは、いまひとつ欲求不満。(唯一、中村功氏のパーカッションの即興演奏が、三味線と渡り合う場面はスリリングでした。)

説話の解釈についても、龍=異界(超自然的なもの)という設定を鵜呑みにして、核家族的な「母と子」の関係を取り出すのは、近代的・市民社会的すぎる気がしました。

例えば、(ちょっと中上健次風ですが)、龍を、「ムラ」(共同体)から排除された「よそ者」(実は人間)と見ることも、可能なのではないでしょうか。

イシハラホールは、関西では、とてもユニークなスタンスで運営されているホールだと思うので、それくらい突き抜けた世界観を示してくれても良かったのでは、とやや残念に思いました。