新年早々にしては血なまぐさいお芝居ですが、2つの「エレクトラ」を続けて観てみました。
グリークス 10本のギリシャ劇によるひとつの物語 [DVD]
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ワーグナーの息のかかったドイツの重厚壮大なオペラはどうしても好きになれず、手元にあっても、自分の中で何らかの理由を作らないと観ようという気にならないので、蜷川幸雄演出の「グリークス」(10本のギリシャ悲劇をジョン・バートンが全3部にまとめて1980年に初演した9時間の出し物の日本語版、2000年上演)と見比べてみることにしました。こちらの「エレクトラ」(ソフォクレス原作)は、ヘカベ(エウリピデス)、アガメムノン(アイスキュロス)に続く第2部「殺人」の最後、歌舞伎風に言えば「ニの切」でしょうか。
シュトラウスの前座のようなつもりで気楽に見始めたのですが面白かったです。
復讐の一念で野生児のようになっている寺島しのぶ(エレクトラ)が素晴らしく、白石加代子(その母クリュタイムネストラ)に負けていないし、菊之助(オレステス、要するに本当の姉弟が姉弟を演じている)との再会もシンプルな演出で役者の存在感が生きる確実な転回点になっていますし、母子のもみ合いで四方の壺が倒れて油(?)まみれになるのは近松ですね。ドロドロになりながらの親殺しは夏祭浪花鑑の「長屋裏」みたいでもありますし。
大げさに役者さんたちが叫びのたうつプロダクションで、中嶋朋子のカッサンドラとか熱演ではあるけれども目一杯な感じなあとで、針が振り切れた感じになってしまわないのだから、10年前の映像ですけれど、六代目菊五郎の血を継ぐ音羽屋の姉弟さんは大したものだと思いました。
日本の有名一族―近代エスタブリッシュメントの系図集 (幻冬舎新書)
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で、そのあとでシュトラウスを見ると、何か抜けが悪いような気がしてしまいました。これは失敗作ではないかと思うくらいに……。
私が観たのは上のベームのオペラ映画(ゲッツ・フリードリヒ演出)ですが、クプファーだとまた印象が違うでしょうか。ウィーン国立歌劇場 R.シュトラウス:歌劇《エレクトラ》全曲 [DVD]
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「サロメ」の大成功を受けた第二弾で、巨大な管弦楽の不協和音で限界まで攻めて、これ以上先のない崖っぷちまで行ったところで調性音楽へ引き返したのが次の「薔薇の騎士」だということになっていて、だから、シュトラウスの一番凄い音がする作品なわけですが、殺された父の復讐を誓う前半と、実際に母とアイギトスをオレステスが殺したあとの場面でエレクトラが「踊る」のは、たぶん、ニーチェの超人思想(の通俗版)ですよね。
- アーティスト: ベーム(カール),R.シュトラウス,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団,シュヴァルベ(ミシェル)
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凄惨な母殺しの物語だけれども、クリュソテミスには歌を割り当てることができるし、エレクトラにも、アイギストスを出迎えるところでお行儀のいい音楽(お姫様ぶりっこがちょっとだけ「薔薇の騎士」を予感させる)で装った芝居をさせることができて、あとは、決定的な場面に「超人の舞踊」があるから、娯楽性を十分に確保できる。おそらくそのような目算で作曲されたオペラだと思うのですが……、
でも、エレクトラが踊ると、超人(ツァラツストラの女性版)というより、血に飢えた狂女に見えてしまうんですよね。ホフマンスタール&シュトラウスのエレクトラの復讐心は、意志というより空転するパッションにしか見えませんし……。サロメの生まれ変わりみたいなんですよね。(オレステスがヨカナーンで、だから二人は最後まですれ違うのだろうと思ってしまう。)ちょっとがっかりな神話解釈だと思ってしまいました。時空を歪めることが可能ならば、シュトラウスには、寺島しのぶを観てから作曲して欲しかったかも……。
で、世紀末のドラマといえば男を破滅させる毒婦(ファム・ファタール)で、ワイルドの「サロメ」(1981年)は、ヴェーデキントのルル(「地霊」1898年、「パンドラの箱」1904年)とともにその代表なわけですが、
いつまでもストラータス(ソロ部分の多くはリテイクで、指揮者とプリマが顔を合わせずに作られたオペラ映画と囁かれていたそうですが)ではと思うのですが、今だったら、どれが推薦盤になるのでしょうか……。
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(そしてベルクが「ルル」に着手した1929年にルイーズ・ブルックスをハリウッドから招いたパプストのサイレント映画が話題になって、
ベルクはこれ観たのでしょうか?
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のちにヴィーラント・ワーグナーは、愛人(?)と言われるアニヤ・シリヤの「ルル」を演出しているわけですが……、)
19世紀末は、イプセン「人形の家」(1879)が話題になって、「新しい女性」が自然主義リアリズム劇を広める原動力になった時代でもあるんですよね。(日本の日露戦争後の島村抱月や小山内薫の「新劇」運動は、その意味で、20世紀初頭の同時代性があったと見ていいのでしょうか。)
森鴎外が創作と雑誌創刊のメディア・ミックスで1900年代の戯曲ブームのいわば「仕掛け人」のひとりだったのではないかという話と、森鴎外の女性運動への関わりの合わせ技。こういう視点がありうるのですね。
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ツァラツストラとエレクトラ、男と女の覚醒を「超人ダンス」という同じ鋳型にはめてしまったリヒァルト・シュトラウスよりも、「トスカ」や「蝶々夫人」の芝居を観てメロドラマを一歩先へ推し進めようとしたプッチーニのほうが、フェミニズムの検証には耐えられないかもしれませんが、まだしも何かを感じ、それに対応しようとしていたと言えるのではないでしょうか。
(サラ・ベルナールの「トスカ」の映像が残っているんですね。この短い断片だけでは、プッチーニが舞台をそっくりそのまま踏襲していて、ちょうど、新劇や新歌舞伎の台詞とセットをそのまま使った團伊玖磨の「夕鶴」や清水脩の「修禅寺物語」みたいなものだったんだ、ということくらいまでしかわかりません。)
ワーグナー嫌いの偏見かもしれませんが、ポスト・ワグネリズムからアルバン・ベルクへ至る展開に「オペラの終焉」を読み取るのはドイツ音楽を誇大視しているのではないか。たとえばメノッティやブリテンは英語でオペラを書き続けたのだし、メロドラマは映画として作られ続けており、映画は手の込んだサウンドトラックを伴うのだから、ワーグナーが世界苦を背負っていると思いこんだ後続のドイツ人が勝手に自滅しただけであると考えてもいいのではないか。ドイツのオペラの個々の作例を、そうした歴史哲学を一度外して、眺め直してもいいのではないか、という気がするのです。
- 作者: 岡田暁生
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本文とは直接関係ありませんが、『世界音楽の本』の「国民音楽の成立とオペラ」(岡田暁生)は、国民オペラと異国オペラは表裏一体だという1980年代風の議論にターゲットを絞って、コンパクトで見通しの良い概説だとは思いますが、こちらも、18世紀のオペラのことなど、やや古めのオペラ史の情報がそのまま踏襲されているので、一昔前のOSを使い続けている感じは否めず(Windows95とかMac OS Classicみたいな)、あっちこっちをアップデートする必要がありそうですね。
- 作者: 徳丸吉彦,北中正和,渡辺裕,高橋悠治
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