前途有望な大学生が万年青年な大学教員のアジテーションで煙に巻かれないために、蛇足ながら一言つけくわえるとしたら、
日本で「文系」と俗称されている学問群を Humanities (強いて日本語に直せば、人間のあれこれ、か?)と曖昧な言葉で呼ぶのは英語の習慣であって、そのような語法が「日本以外のすべての外国」で通用しているわけではない。
たとえば、ドイツのヘーゲル周辺のいわゆる観念論には、Geisteswissenschaft (精神学、精神を知ること)と Naturwissenschaft (自然学、自然を知ること)という対比があり、実証主義を踏まえた新カント派やマックス・ウェーバーになると、Geist (精神←「幽霊」の意味もある言葉)というロマン派の香り漂う言葉を避けて、Kulturwissenschaft (文化学、文化を知ること)と言うようになったらしい。
ドイツ語にも、ラテン語の humanitas を語源とする英語の Humanities と同一語源の単語、Humanitaet があるけれど、ドイツ語には、この単語を学問・知的活動の大分類として用いる習慣はない。
(以上、英語とドイツ語のウィキペディアの斜め読みによる。)
学問の大分類としての Humanities (英)や Geisteswissenschaft/Kulturwissenschaft (独)という言葉が用いられるようになったのは、19世紀の自然学や工学の台頭を受けて、このままでは人間を動物の一種へ還元するかのようなことになってしまうとばかりに、伝統的な知的活動のうち自然学・工学へ回収されては困ると思われた領域を別の言葉で名指し、その意義を明確にしようとしたのだと思われます。
つまり、学問の大分類としての Humanities や Geist/Kultur の語は、単体で存立しているのではなく、Nature/Natur に対抗する対概念だと思われます。
そして自然学(自然科学)にどのように対抗するか、その戦略や力点の差が、英米語における Humanities と、ドイツ語における Geisteswissenschaft/Kulturwissenschaft という語法の違いに現れているように見えます。
ドイツの高等教育の用語法は、「知/学問 Wissenschaft」という構えを重視して、その対象・領域・方法の違いを Natur 対 Geist/Kultur という単語に込めているように見える。
一方、英米の高等教育が Humanities という言い方を好み、Human Science とあまり言わないのだとしたら(本当にそうなのかどうか、私は正確なことを知らないので、あくまで、「もしそうなのだとしたら」という仮定ですが)、それは、自然と人間という対立を最重要とみなし、自然 Nature については「知る/学ぶ」という態度が必須だけれども、「人間らしさ human」というものは、「知る/学ぶ」という態度だけでは対処できない、というような人間観があるのかもしれない。
(草木成仏の本覚思想の土壌がある「日本」というフィルターを通してながめると、このヒューマニズムは耶蘇の臭いがするけれど……。)
私個人は、たしかに「human 人間らしさ」なるものが扱いの面倒な案件であるとは思うけれど、世の中には、扱いの面倒な案件などいくらでもあるのだから、「human 人間らしさ」だけを特権的に曖昧なままにしておくことが、高等教育の設計として必須であるとは思いません。
大学では、「human 人間らしさ」のうち、science として処理できる部分だけを扱って、それだけではどうにもならない部分は、よそでやってもらうしかないのではないか。そして、オレは「human 人間らしさ」を丸ごと扱うことが天職であり、人生の無二の楽しみであり、これを奪われることは死に等しい、と考える人は、そんなこと言う「ゴネ得」がまかり通るのは組織・団体としても困るだろうと思うので、最悪の場合は大学から出て行ってもらうしかないんじゃないか、大学を出る腹をくくった上でそういうことを主張するべきではないか、と思う。
たとえば、大学とは別に、「人間所」という看板を掲げる団体を作るとか……。「大阪人間所」という私塾を開設したりしたら、21世紀の心学みたいで、これはこれで楽しそうじゃないですか。
なんでもかんでも「学校」が抱え込むことはない。だって、大学の先生ってメチャクチャ忙しいんでしょ? いつも自分でそう言ってますやん(笑)。仕事減らしましょう、「人間らしさ」全般、とか、そんな大層なことはいらんですから(笑)。
(……と、こんな風に「学問」としては場外乱闘を含むかもしれないところへ至るまで思弁的・分析的に考えるのが Humanities の作法だと私は理解しているのだが、大学で Humanities を担当している諸先生の皆さま、これでよろしいか?)