太棹とハウスマヌカン(←死語?)

「やっぱりモーツァルトはフォルテピアノよね。といっても、ショパンが愛用したプレイエル、リストが好んだエラールと、18世紀ウィーンの楽器は全然違うし、ベートーヴェンが初期に使ったピアノとハンマークラヴィアの頃では、随分楽器が変わっているの」なクラスタの人(ややワインのテイスティングと似たところあり)のうち、どれくらいが、津軽三味線と地歌の三絃、柳川三味線と太棹の区別がついているのだろうか。

義太夫節の師匠について人前に出す文章を書くご本人は、当然ある程度のことを知ってor調べて書くから、それなりに読みうる言葉になるが、そのように書かれた言葉を運用・流通する人たちは大丈夫か?

いや、事典に書いてある知識として、というのでなくね。博物館の展示品じゃなく、日本橋行くと、普通のおばちゃんが、ドンと弾いて大夫が語るので泣くわけだから。

(と書いたからといって、負けず嫌いに「私はこーゆーの知ってる」とか言い張るのはナシね。そのあたりの温度差があることを前提に何をどう伝えるか、考えるのがいいんじゃないか、という、話の前提を確認してるだけのことなので。

この手の話は、入門編をやさしく楽しく語る言葉(どの分野でもひとつかふたつ定番の入門書があって、その著者に頼めばとりあえずどうにかなる)と、「通」の言葉(その道の第一人者のところへ行けば聞ける)はあるのだけれども、両者の間をつなぐ言葉がなかなか出てこない。そこが一番大事なはずなのだけれど、それは個別にケース・バイ・ケースで組み立てないとしょうがなくて、名声を頼りに業務フローへ落とし込んで外注しようとしても、無理な話だからなのだろうと思う。

「クラシック音楽」でも、事情は一緒だけどね。

かんたんレシピと一流の食材があっても、おいしいものができるかどうかは、わからない。この店に入ろうと思わせるものは何か。広い意味での「人」を見るんじゃないだろうか。)

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で、「ソーシャル」な世の中の客商売は、ガラス張りの店舗&オープンキッチンで、表通りから店の奥まで全部丸見えな状態を引き受けるようなものなのだろう。

「あそこの店員さん、いっつも座って情報誌を読みふけってる」「読者欄に投稿するのが趣味みたい。店の宣伝にもなるから、っていうんで、半分仕事みたいなものなんじゃないの」

とか、

「スーツ姿の営業マンがひっきりなしに出入りして、奥のテーブルでは、いつもフロアディレクターがひそひそ商談してるのよね」「そうなのよ、あのお店、こじんまりしてるけど、実はオーナーというのが、ほら、あなたも知ってるでしょう、○○という会社の……[以下略]」

とか、

「スタッフさんはよく気がつくんだけど気配を消して、楽しそうに食べてるお客さんの顔の印象だけが残るお店なの」

とか、

「厨房のシェフは無愛想だけど、いつ見ても手を動かしてるよなあ」

とか、

「奥のピアノを弾いてるあの人だれ? オーナーや常連さんとは仲良さそうだけど、身内?」

とか、

みえちゃうんだよね。

そういうオーナーの個性の見える店がいくつも坂の商店街に並んでいるのが特徴であるような場所で商売するときと(阪神間〜神戸ってそんな印象があるよね)、ビジネス街の真ん中にポツンとひとつ、そういう店があるときでは(大阪でおしゃれ系とされる店はそんな感じか)、また、見え方も違うだろうし。

そしてこのスタイルが円滑に回るのはある一定の規模までだと思われ、事業形態によって、この形がいいところ(とき)と、別の形のほうが安定するところ(とき)があるのだろう、ということも当然言える。

この話に特段の結論はないが。

[追記]

そういえば最近書いた文章に、こんな文言も入れたなあ。武智鉄二は土建会社の御曹司で芦屋に住んで甲南高校を卒業したボンボンです。そして武智鉄二の創作歌劇公演のスポンサーは、当時北浜にあった大阪三越。

武智鉄二の「オペラ・プティ」構想を特徴づける少人数・小編成は、必ずしも彼の独創ではなく、「室内オペラ」と形容されるメノッティやブリテンの作品が国際的な成功を収めるなど、同時代の国際的な潮流でもあった。19世紀のグランド・オペラとの対立点が鮮明になり、ラジオ・テレビ等の新しいメディアによる普及、軽装備での巡業公演等に有利で、実用的と考えられたからである。しかし適正なサイズを維持するのは難しく、関西歌劇団の公演も、第3回の「夫婦善哉」は一晩多幕物へ膨れあがり、混迷した形跡がある。室内オペラの利点と同時に欠点をも露呈した一連の公演の記録は、経営・マネジメントの観点からオペラ公演を考察する際の参考になるであろう。