ある現象の来歴をつまびらかにすることは、その現象が必然であるか偶然であるかの判断には関与しない。
そして歴史に「必然の法則」がある、という主張はほぼ科学ではなく信念だと思う。
The Audible Past という書物にある時期の日本のある種の知識人(比較的若手の)が興奮したのは、おそらく彼らが信奉して、そこに命運を賭けていたのであろう「聴取の時代」の到来を歴史哲学として裏付ける決定的な理論がそこに書かれていると期待したからだと思う。
最初のあたりが割合難解で、流行の思想家の名前をちりばめて書かれているので、なおさらそういう期待が高まったのだろう。
でも、実際にそこで綴られているのは、近代西欧の音響現象の取り扱いにおける「audible/listening」とそれを支える諸技術の来歴に過ぎず、このように今日に至るとは書かれているけれど、それ以外の経路があり得ない必然であったり、他の態度に対して優越していたりするかのような主張・論証がなされているわけではないように見える。
今の状況では、むしろこの本は、「聴取の詩学」みたいのに対して、幽霊の正体を枯れ尾花と看破するための後ろ盾として作用する効用のほうが大きいんじゃないかと私は思う。
そしてたぶん、それがこの本のいいところ(熱に浮かされて何が言いたいのかわからないキットラーおじさんとの違い)だと思う。
- 作者: ジョナサン・スターン,中川克志,金子智太郎,谷口文和
- 出版社/メーカー: インスクリプト
- 発売日: 2015/10/16
- メディア: 単行本
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