physicalではないもの

ある事柄が physical なのか metaphysical なのか、というのは認識論だが、それは physical であるか virtual であるか、という問いは行動・実践・倫理の問題なんだろうと思う。オーソドックス過ぎる仕分けかもしれないけれど。

ある種の optical な像が virtual と呼ばれたときに、何らかの行動・実践・倫理が発動したような気がします。ルネサンスってそういうことですよね、たぶん。

virtuality には、「人間」と「技術」の配置をくるくる回転 revolutio させる梃子の感じがある。