連絡先

飲み会のお誘いであれ、仕事のご依頼であれ、(もしそういうことに私を巻き込みたいのであれば)裏情報・裏取引等であれ、私に連絡を取りたい場合は、既に随分前からWWWでアクセス可能な複数の場所に(「肩書き」なるものとは無縁なやり方で)公開しているメールアドレス(tsiraisi@osk3.3web.ne.jp)にお願いします。

ご対応は個別に判断させていただきます。

グレツキ、シュニトケ、ペンデレツキ

「悲歌のシンフォニー」(当時指摘した人が既にいたかもしれないけれど、おそらく佐村河内を売り出したチームのなかには、グレツキのシンフォニーが1990年代に「ヒットした」(本当に英国のアルバム売り上げチャートの上位に食い込んでしまった)ことを知っていて、似たことを仕掛けようというアイデアがあっただろうと思う)のグレツキは、80年代ポスト・モダン音楽の旗手としてもてはやされた(そして井上道義が好んで取り上げていた)シュニトケ、「広島に捧げる哀歌」のトーン・クラスターからシンフォニーを自作自演する新ロマン主義に転向したペンデレツキとまったくの同世代なんですね。

これはどういうことなのか?

京フィル定期演奏会の解説を書かせていただいて、とてもいい勉強をさせていただきました。(「ポストモダン」や「グローカリズム」という語彙を曲目解説で使ったのは、たぶん、今回がはじめてではないかと思います。)

本番の演奏も、京フィルが指揮者なしの弦楽オーケストラ(シュニトケの合奏協奏曲)を立派にやりとげておりました。

芸術祭審査員の「打ち上げ」 - 受賞の差配をめぐる談合・裏取引の温床を憂う

リーガロイヤルホテルでの文化庁芸術祭授賞式に出た後、肥後橋にある関係者オススメの隠れ家的イタリアンで遅くまで呑んでました。京都には無い感じの(いい意味で)カジュアルなお店で、すごく気に入りました。

今年は立命館大学院の吉田寛先生が文化庁芸術祭音楽・関西部門の審査員に加わって、公演審査の終わり頃から「審査員で打ち上げとかはないんですか」と言っており、審査会終了後には審査員同士でメアド交換をしていたが、本当に「打ち上げ」をやったらしい。

(1) 公的機関が主催する行事に第三者機関として関与している役職にある者が、その公的行事の主催者が関知しない場所で極秘裏に意見交換等を行うことは、「談合」の疑いをもたれても言い逃れできないのではないでしょうか?

(2) その「打ち上げ」に参加した「関係者」は、審査員だけなのでしょうか。もし、受賞者もしくはその周囲の今後の審査対象となる可能性がある団体・個人等がそこに含まれている場合、裏取引等の疑いが生じるのではないでしょうか?

(3) 大きな行事が開催されたときに、その主催者・関係者が互いの労をねぎらう場をもつことは、社会的慣習として認められると考えます。しかし、文化庁芸術祭の場合、

  • a) 公演審査員という立場にある者が、つつがない行事の終了について「労をねぎらう」としたら、それは、内輪で集まる、のではなく、芸術祭という行事を円滑に遂行してくださった文化庁職員の皆様をはじめとする主催者に我々が感謝しつつ、お互いを慰労する、というような形になるのが順当ではないでしょうか。
  • b) そして、文化庁芸術祭は、既にそのような慰労の場として、授賞式のあとに同じ会場で受賞記念パーティが設定されています。多くの参加者の「目」がある公然の場所です。もし、審査員が相互に、あるいは、他の関係者と非公式に意見交換を行うとしたら、このパーティの場こそが安全でもあり、ふさわしいのではないでしょうか。この記念パーティに加えて、さらに「打ち上げ」を設定するのは過剰であり、社会的慣習として認められた範囲を逸脱する意図・目的を疑われるのではないでしょうか。

私は、所用で今年の(今年も)授賞式は欠席しています。

(例年、授賞式は授業のある平日の午後に設定されています。)

「打ち上げ」については、最初に話が出た段階から何かおかしい、と感じておりましたので、メアド交換等も行っておりません。

芸術祭の審査員は、これまでの慣行では3年程度継続して務める例が多いようですので、なおさら、「今後への影響」を考えるべきであったと思います。

もし、私が来年度以後にお話をいただいた場合には、この件について、事務局としてどのようにお考えなのか。確認させていただこうと思っております。

談合・根回しの温床であったと今から振り返ると言わざるをえないかもしれない昭和の自民党の職員さんのご子息で、現在は私立大学に勤めていらっしゃる先生と、南九州で親も親戚も、ほぼ全員が公務員で民間企業に勤めている人間が誰もいない環境に育ったわたくしでは、「公共性」に関するコンセンサスにズレがあるのかもしれませんが、だとしたら、公然と、順を追って、問題点を明確にしておくべきかと思いましたので、以上、敢えて、公然と書かせていただきました。

白石知雄

情報源の秘匿とオープンソース

演奏家に焦点を当てて、音楽を「イベント」化する動きに違和感があるのは、演奏家が拠り所にしている情報源(クラシック音楽流の楽譜=テクストであれ、邦楽流の伝統であれ)を聴き手から隠そうとする感じがするからではないかと思う。「イベント」で「プレイヤー」へと注意を集めると、まるで「プレイヤー」がイベントの中心であり、出来事の源泉(光源)であるかのようだけれど、実際には、プレイヤーは楽譜/テクストであれ伝統であれ、背後の光源によって輝いているに過ぎない。「プレイヤー」の存在だけをクローズアップするのは、光源をプレイヤーが聴き手の視界から隠してしまう皆既日食のような感じがする。

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でも、通常、聴き手もまた、プレイヤーを介することなく、自力で情報源にアクセスできる。自力で楽譜/テクストを読んだり、当該の伝統に知的もしくは体験的にアプローチすることが可能ですよね。そしてそのような知見を前提にして、目の前のプレイヤーのパフォーマンスを、様々でありうる実装のひとつであると受け止める。ソース・情報源に対して、プレイヤーとリスナーは同格だと思う。

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おそらく、オープンソースではない芸能は衰退する。

演奏家重視への違和感だけでなく、多くの芸能が一般人の「お稽古・習い事」に門戸を開いているのはどうしてなのか、アマチュア/ディレッタントとは何なのか、ということも、観察モデルを変更することで、説明が容易になるのではなかろうか。

20世紀にアンプで増幅したり、電波で放送(散布)したり、音楽をめちゃくちゃ遠く/広くまで飛ばすようになって、ソースにアクセスできないところまで音楽が広がってしまったけれど、音楽のコアのこのような構造が変わったとまでは言えないのではなかろうか。情報へのアクセスは、むしろいわゆる「情報社会」で容易になっているのだし。

「新日本音楽」の現在(4) マイノリティは一枚岩ではない

21世紀のグローバリゼーションは20世紀の大衆化を前提にしているので、相変わらず「多数決」数を頼みとする少数への抑圧が起こりうる構造なので、そこへのカウンターとして提唱されるのがマイノリティの保護ですね。

では、マジョリティは具体的にマイノリティとどのように交渉すればいいのか。

もし、マイノリティが多数派に簡単には制圧され少数精鋭の鋼鉄の組織と戦略を誇っているのであれば、そのようなマイノリティ組織の統治機構に従って、しかるべき窓口と交渉して、あとは当該組織の内部統制に委ねればいい。コンピュータ・プログラミングで言うオブジェクト指向、カプセル化されたオブジェクト間での内部構造に直接手を突っ込むことのない情報のやりとりのようなものですね。

でも、ユーゴスラビア情勢が冷戦の終結でむしろ混迷を深めたように、マイノリティは、むしろ、そのように内部が整然と組織化されていないことが少なくない。内部の矛盾を力で封じ込めた状態で誰かが外部との交渉に名乗りを上げる場合があるかもしれないし、(紛争地域によくあるように)競合する複数の組織や勢力の一方、あるいは、両方が平行して外部との交渉を試みるかもしれない。あるいは、内部の構造を斜めに横切って、何者かが、いわば「抜け駆け」して外部との交渉を試みる場合だってあるでしょう。

「新日本音楽」がその名に値するコンテンツを備えている場合には、旧来の日本音楽(とは何か、というのが大問題ではありますが)に対する葛藤や更新を企てているわけだから、そのような現象がある時点で、定義上、もはや一枚岩のカプセル化されたオブジェクトを想定することはできないと言うべきでしょう。

「新日本音楽」が、内部では葛藤・更新を仕掛けつつ、対外的には、「日本音楽」というマイノリティの代表窓口であるかのように振る舞う、という事態が生じた場合、私たちはどのように応対すればいいのか。

事情を精査したうえで事態に果敢に介入する、というのも、ひとつの勇気ある選択肢ではあるけれど、紛争に関して、特定の当事者に過剰にコミットすることなく中立の立場で事態を静観する選択肢もあるはずです。その場合、外見上、あたかもマイノリティとしての「日本音楽」への配慮を欠いたマジョリティの横暴と区別を付けるのが難しくなるわけですが、私たちは、時と場合によっては、そのような批判に屈しない覚悟をすべきかもしれない。

どの対応を選択するとしても、「無垢の第三者」ではありえない。

だからこそ、「新日本音楽」は「政治」の案件なのだと思います。

(ここまでの一連の考察は、実を言えば、文部省/文化庁の芸術祭と「新日本音楽」が奇妙に相性がよいように見える、という思いつきから出発しています。そして、大栗裕は、一見するとそのような「芸術祭」と相性がよさそうなのに、どうして何度エントリーしても受賞に至らなかったのか、芸術祭の歴史のなかでの大栗裕の位置ということを考えるための準備のつもりです。

ですが、幸か不幸か、現在、わたくし自身が芸術祭の審査委員なので、芸術祭の具体的な歴史と現在に関する事柄についての知見は審査委員としての業務に優先的に役立てるべきであり、他のプロジェクトへの流用を慎むべきだろうと思いますので、ひとまず、考察はここまでとします。)

「新日本音楽」の現在(3) プレイヤー重視のゲーミフィケーションとマイノリティ・ポリティクス

20世紀の文化相対主義から世紀転換期のグローバリズムへ、という状況の変化の文化論的な側面(ポスト・コロニアリズムと言われるような)については(1)で私の考えを述べたが、ここでは、「新日本音楽」の経済(「帝国」と形容されるグローバル資本主義)と政治(新しい公共性、政治的に正しいマイノリティ・ポリティクス)を考えたい。

グローバル資本主義は、ごく単純に、「採算の取れない興行はつぶれて当然である」という非情な文化政策に帰結していると思われ、洋楽であれ邦楽であれ、音楽興行は合理的なマネジメント、効率的な売り込みを心がけるようになっている。

資本主義的な採算重視・効率重視といえば、言うまでもなく「お客様重視」(買っていただけるものを優先的にご提供する)なわけだが、ライブ主体の音楽では薄利多売に限界があるので、何らかの希少価値を見いだして音楽をブランディングすることになる。そして手っ取り早いブランディングの方法としては、実際に舞台に立つプレイヤーに焦点を当てる動きが加速しているように見える。「何が上演されるか」ではなく、「誰が/どのように上演するか」というところで付加価値を競うのが、音楽興行というゲームの現在の主流だろうと思われます。

(このような形で興行を構成すると、音楽興行は、「お客様」が同時に「プレイヤー」であるようなゲームに接近して、ゲーミフィケートしやすくなる。これも、現状ではメリットと見られているかもしれませんね。)

「作品」の解釈であるとか、「伝統」の継承であるとか、というようなまだるっこしい営み(目の前にいる「客」と「プレイヤー」の関係でゲームが閉じない構造)は、効率が悪いから、やめられるものならやめてしまいたい。

(例えば、増田聡先生のような人が著作権と日常言語分析の両面から「作品」を攻め立てて、パクリ上等というゲリラ戦を推奨するのも、目の前の当事者との切った張ったで勝負を決めてしまいたい、ということなので、ほぼ、この枠組で説明がつくことだと思われます。)

「新日本音楽」が、(1)で述べたように、「伝統」を崩してしまって、(2)で述べたように、もはや共演者すらいない「弾き語り」を目指した場合、音楽興行は、実に分かりやすく、「客」と「プレイヤー」の直接的な切った張ったで完結する。

私には、このような動向は現在への過剰適応であって、少しでも状況が動けば崩れる「一代限り」(時代の徒花)に思えますが、こういう動きに周囲が異常なまでに共振してしまうのは、わからないことではない。

ただし、このように現在の状況に十分すぎるほど適応してしまっている現象は、もはや、「日本固有の地域性・マイノリティ」として特別に保護されるべき案件ではなくなっているように思う。一連の考察の最後に、そうした「新日本音楽」の「政治」を考えたいのですが、既に長くなったので、これは次のエントリーに分けることにします。

「新日本音楽」の現在(2) 弾き語りという袋小路

安田寛が「仰げば尊し」の原曲を発見した際、ヘルマン・ゴチェフスキーが原曲に合唱特有の音の動きがあることを分析的に指摘したが、西欧の音楽理論は、ことほどさように、複数の音をどのように組み合わせるか、他の音との関係をどのように取り結ぶか、の理論・作法の集積だと、ひとまず言えるのではないかと思う。

そして合唱のひとつのパートが「仰げば尊し」という唱歌になった過程は、ヨーロッパのポリフォニーの文化が、日本というモノフォニーもしくはヘテロフォニーの文化と接触して変容した「文化触変」の好例に見える。

中世以来、教会音楽が理論のメイン・フィールドだったのは、ユダヤ教伝来の単声の唱え・祈り・うたを、どのように「複数の音の組み合わせ理論」に取り込むか、というのが問題であり続けた、ということなのだと思います。

近代の西欧音楽では「分業」が徹底していて、作曲家と演奏家が分かれているし、声楽であっても、声と楽器を別の奏者が担当するけれど、「複数の音の組み合わせ」として音楽を実装する作法には、おそらく、資本主義・産業革命のような近代化の潮流としての分業(マルクスが着目したような)とは別の由来があるんじゃないかと思います。

そしておそらく、そのような文化の作法が支配的であったからこそ、「弾き語り」が特異点として問題になる。典型的には、叙事詩人・ラプソーデが西欧文明のもはや手の届かない「起源」みたいに位置づけられてしまうわけですね。

(フランツ・リストが声とピアノの「分業」を特徴とするシューベルトやシューマンのドイツ歌曲をピアノに編曲したのは、「言葉のない弾き語り」だったわけだから、いかにもロマン主義的な挑発行動だと言えそうに思うし、そう考えれば、リストが「ジプシー音楽」/ラプソディにたどりついたのは偶然ではないと思えてくる。)

ただし、東アジアの文脈では、ヘテロフォニーと弾き語りの関係はややこしい。

東アジアにも「音楽理論」=「複数の音の組み合わせ」の作法が古代から存在することが知られている。そして中国から周辺の文化圏に伝播した宮廷音楽のような「分業」を基本とする合奏形態がある。日本のいわゆる雅楽は舞と音楽が分かれているし、楽師たちは、それぞれの楽器をそれぞれの「家」で分担して伝承しているのだから、「分業」の極みですよね。

中世・近世の芸能も、能から浄瑠璃、歌舞伎に系譜のように、直接間接に大陸との関わりを想定しないと起源や発展を説明できなさそうなジャンルは「分業」が基本になっている。

「ヘテロフォニー」は、演奏形態としての「分業」が確立・徹底しているからこそ、特異な現象として際立つわけですね。「分業」しているはずなのに、そこに鳴り響く複数の音はポリフォニックに分散することなく、同じ流れに乗っている。だからヘテロフォニーだと言われるわけです。

そして琵琶から三味線に至る「語り物」の弾き語りは、逆の方向からヘテロフォニーにたどり着く。一人で歌い、語っているにもかかわらず、声と楽器がズレて、ばらけて、音が散らばる。その匙加減に賭けたのが近世邦楽だったということになると思います。

最近、ドイツ歌曲の弾き語りとか、邦楽奏者による西洋流の発声による弾き語りとかのパフォーマンスを見かけるのですが、こうした合奏/分業とポリフォニー・ヘテロフォニーの見取り図を参照すると、これはどこにマッピングしたらいい現象なのでしょうか?

西欧の合唱音楽のひとつのパートが「仰げば尊し」に変容した、というのは、わかりやすいクレオールだけれど、多種多様なジャンルを「弾き語り」のフォーマットに収めてしまうのは、その先に出口が見えない行き止まりではないだろうか?

「新日本音楽」の現在(1) 崩壊と再生の混同

日本音楽が、中国文化圏のへりにある東アジアの一翼として西洋音楽に対する異文化として振る舞うのが往年の文化人類学風の相対主義段階だとすれば、西洋化と近代化を同時に推進した末に、もはや現在では、日本音楽の伝承者もまた西洋音楽の知識・体験・感性を前提として、近代化/西洋化された東アジアのクレオールとして振る舞っていると考えるのが、グローバルでポストコロニアルな段階にふさわしい認識だということになるのだろうと思われる。

「日本音楽」という言葉が文化相対主義的な他者を名指すために使われてきたのを踏まえて、そのような東アジアのクレオールは、大正から昭和初期の宮城道雄にはじまる試みをその先駆と見るような日本音楽史の組み替えを視野に収めつつ、「新日本音楽」と呼ぶのがいいかもしれない。

(昭和後期に大栗裕は宮城道雄の関西の弟子の一門と継続的に仕事をしているが、そうした大栗裕と「邦楽」との関わりを考えるときにも、こういう見取り図があると都合がいい。)

だが、そのような「新日本音楽」を「日本音楽」と区別する指標は、具体的にどのようなものになるだろうか?

三曲合奏のような近世邦楽の「リサイタル」を10年来毎年のように聞かせていただいており、近世邦楽を伝承する方々が「ドレミ」を前提とする音感で演奏することの是非、というのが、しばしば話題になりますが、私の感触では、もはやそのような議論は既にクリシェ、どのように対処するのが穏当なのか、それぞれの奏者が一定の対策を見いだしつつある現象だと思う。

私には、むしろ、西洋で言うところの「リズム」に相当するものが、最近の三曲合奏からくっきり聞こえてくること、そして、曲の「構成」を、まるで洋楽のようにダイナミックに組み立てる意識があるように聞こえることが気になります。

(「タタタン」というような短短長のリズムをひとまとまりの単位として演奏して、なおかつ、その出だしに強弱アクセントを付けると、箏や尺八でも「八分音符+八分音符+四分音符」の「二拍子」に聞こえるし、地歌の手事部分でギアチェンジするかのように意識的に基本のパルスを切り替えると、ABACAのような「鳴り響きつつ動く形式」が生成される。)

でも、この段階だと、単に「様式が崩れはじめている」ということに過ぎない。こういうのは、まだ「新日本音楽」ではないと思う。

21世紀の転換期の日本では、この種の制度や文化の「崩れ」を、来たるべき未來の兆候と誤認して、「本当の進化はこれから(ここから)はじまる」等々の煽り・プロパガンダが席巻したけれど(「パクリ」こそが「オリジナリティ神話」を解体する新時代のスタンダードである、みたいな物言いもそのたぐいだろう)、でも、たぶんそれは、生産的な未來というより、先のない袋小路の可能性が高そうに思う。

Truth in Fantasy

ゲーム関連のシリーズで既に10年以上前にこういう本が出ていたのか、なるほどなあと思う。

吟遊詩人 (Truth In Fantasy)

吟遊詩人 (Truth In Fantasy)

中世の写本(騎士歌人たちの詩とネウマ譜がトロヴァドゥールの伝記や注記を添えて伝承されている、というのは日本の歌物語と似ていて興味深い)から史実として言えることはかぎられていて、その後の想像力がリチャード獅子心王の物語やヴァルトブルクの歌合戦のタンホイザーを生み出しているプロセス全体を見ようとすると、ロマン主義文学やワーグナーのさらに先、現代のビデオ・ゲームまで視界が広がるはずだ、ということでしょうか。

中世フランスのカペー家とアキテーヌ家の関係はなんとなく源平合戦風で、負けたアキテーヌ家の繁栄の記憶が詩と歌として伝承された、というのは平家物語みたいでもある。

騎士歌人の詩歌は「恋愛文学」の起源と言えるか言えないか、という話を小谷野敦がやっていたけれど、もっと広がりのある切り口で騎士歌人を捉えることができるんですね。

さらに踏み込んで、詩・歌の読み方、聴き方が具体的に変わるかもしれないところまで議論を研ぎ澄まさないといけないのでしょうけれど。