事実と伝聞

官公庁(警察・消防など)の発表をもとに事件の概要を記述したり、主催者のプレスリリースをもとにイベントを紹介するのも、「伝聞のみによる報道」に分類されるだろう。

人間が把握するこの世界は、「伝聞」を取り去ったところに「事実」という直接体験が姿を現す、という風にはできていない。

新聞というメディアも、このような世界の構造の外部にあるわけではないし、でも、だからこそ「事実」という審級が立てられねばならないのだと思います。

かつては「事実」が実体として存立しており、情報社会の果てに「フェイク」がこれに取って代わった、と言ってみたり、世界の堕落・世も末、という通俗的な認識のもとで、報道は(かつてのように)「事実」に向き合え、とdisるのは、警世の言葉というより、現実逃避(もしくは「事実からの逃走」=事実逃避)だろうと思う。

世界の共同主観的存在構造 (岩波文庫)

世界の共同主観的存在構造 (岩波文庫)

共同主観、というような議論は、話の結論というより、とっかかりに過ぎなかったはずなのに。

お客様に親切な音楽家たち

片山杜秀の建国記念日エッセイを読んでから、山田和樹・樫本大進が日本センチュリーと共演した演奏会に行ったのだが、客席・ロビーをみわたすと、片山の嘆きとは違って、白髪のお客様ばかりではなかった。そういえば、先日のやたらとオーボエ吹きが聴きに来ていたいずみシンフォニエッタの演奏会も、客層は現在の日本の人口比率からかけはなれて高齢者が多いというわけではなく、それなりに老若男女が混じっていた。

(そもそも日本全体で高齢者の割合が高いのだから、一定数の高齢者がコンサートに来るのは普通のことで、クラシック音楽が高齢化しているかどうか、その傾向が加速しているかどうか、というのは、絶対数や客席における割合ではなく、日本全体の高齢者比率を基準に考えたほうがいいと思う。)

飯森範親と山田和樹は、音楽家としての資質や現在の活動のあり方など、ほとんど似ていないけれど、強いて言えば、2人ともお客様に対して親切な指揮者かもしれない。

飯森範親は長らく試行錯誤七転八倒して、ようやくお客様(や楽員)との間合いが安定してきた感じで、山田和樹は、そろそろ親切なだけではない何かが出てきていいんじゃないか、という感じだけれど、「絆・つながり」とか「女子力」とか「アウトリーチ」とか、というのが、現状では親切な人の周りに輪ができる状態に着地しつつあるかもしれない。

最終最適解というより、とりあえず今はそのあたりが落としどころになっている(この先いつまでこうなのかはわからない)ということだと思いますが、

無愛想な強面、にとっては冬の時代みたいですね。

しかしそうなると、むしろそういうときだからこそ、無愛想な強面路線を目指してみたくなりますが(笑)。

親切 kindness は、つっけんどんな無愛想と対比されがちだけれど、同時に、ファスト風土/下流志向的な無際限の奉仕・サービスではないところもポイントだと思う。親分子分/先輩後輩、黙ってオレについてこいの風土に kindness は育たない。大阪においてすら、都市文化の潮目が変わってきた。

適正規模

片山杜秀の建国記念日の寄稿は、「適正規模」というワードに軟着陸する。

クラシック界の未来 片山杜秀 :日本経済新聞

そういえば、先週末は「攻めの広報」で一世を風靡した音楽ホールの現代音楽演奏会に行って、安定した運営ぶりに感心したのだが、あれは、やみくもに攻める時期を経て、安心安全な適正規模が見いだされつつある、ということではないかと思う。

車輪の再発明 - 感嘆詞の哲学

自分が関心ないことは無価値と判断しがちだし自分が関心あることは価値があると判断しがちである。なので全く自分が関心ない物事に「うお!これ凄え!」と価値を認める人は結構大人物かもしれない(単にいい加減で調子が良いだけかもしれない。だが想外の大人物である可能性は心に留めておきたい)

「自分が関心あることは価値があると判断しがちである」というのは、関心 interest の語が同時に「利子・利潤・利益」を意味することを思い起こせば、18世紀の啓蒙哲学者たちが言う「必然の領域」のことであり(関心をもつ、というのは欲望・好奇心の充足を利益・利得であるという風に捉える経済的な態度です)、他方で、「全く自分が関心ない物事に「うお!これ凄え!」と価値を認める」というのは、美の定義そのもの、「美の崇高な無関心」(シラー)に他ならない。

明治以来の翻訳で「美」と訳すことになっている beau や schoen は、おお、とか、ああ、とかいった感嘆詞のような言葉だから、現代口語としては、「美」より「うお!これ凄え!」と訳すのがなるほど適切ではあるかもしれない。

何が起きているかというと、「美」の技術(いわば「すげえテク」)を「芸術」として括り出す制度(たとえばルイ14世の宮廷文化は、19世紀市民が l'art と定冠詞付き単数で総称することになる「様々なすげえテクたち beaux arts」を勅許で官僚制に組み入れるシステムだった)を批判してはじまった大衆文化論の極北として、「作者」概念中心の著作権思想に異議を唱えてきた人が、一周回って、genius という観念をそれと気付かずに再発明しようとしているようだ。

「近代」の入り口に、別の側から掘り進んでたどりついてしまったらしい。

(増田聡の美学的教養はヒュームの趣味論に米国分析哲学を接ぎ木しているのだから、ひとしきり暴れた末にここにたどりつくのは不思議ではない。)

美学の感性論としての側面は知覚・認知といった領域に活路を見いだしつつあるようだが、他方で「芸術」の理論はどうなるのか?

18世紀啓蒙思想が理性批判の果てに見いだし、19世紀教養市民が大きく育てた「美」の観念は、ニューメディアが様々な事件の連鎖と衝撃を増幅・活性化し続けた20世紀を経て、「うお!凄え!」といった感嘆詞の哲学に再編されつつあるのかもしれない。

多様性ベースの世界観

輪島祐介が演歌の言説史研究(創られた日本の心云々という長いタイトルの新書)の最後で多様性の擁護のようなことを書いたのを読んだときに、いきなりこの結論に飛ぶのは甘いのではないか、と思った。

音楽を同一性ベースで読み解く構えは、楽曲分析から社会史・文化史まで根強くあって、これへの対案を組み立てる作業はまだ十分にまとまっていないのが現状のように思う。

多様性をめぐる思考が脆弱なユートピアになりがちなのは、「つながり」等と言った社会科学的なモデルが乱立しているにもかかわらず多様性を擁護する哲学的な基礎がはっきりしないのと、実践的な技術として「ブリコラージュ」や「DIY」のようなとりあえずの提案が20世紀のオルタナティヴとして中途半端に受けてしまったのが原因ではないかと思う。

たぶん、もっとやりようがあるはずだ。

無限の多様性と幸福の総量

価値が4と6のものを、0と10と認識するのは非常に大雑把だけど、5と5だと認識するのも真実ではないよね。

回路が通電するかしないか(on = 1 / off = 0)の区別を基礎にして計算を進める機械を使用するのであれば、4 と 6 の関係を補足するときには、 4 と 6 の差が正か負かという判断から出発するのが効率がよさそうで、「価値が4と6のものを、0と10と認識する」とはおそらくそのようなアルゴリズムを指しているのだろう。

一方、近代が「人間」をどう取り扱ったかというと、「仮にすべて同値だと仮定するとどうなるか?」とやっていって、矛盾が生じたところに関してのみ、これは同値ではない、と背理法風にマーキングしたんだろうと思う。

現行の計算機械をフル活用するときには前者の径路で進む方が効率がいいだろうし、「人間」のつきあいでは後者のほうが幸福の総量が多くなりそうで、だから、上の引用は、効率を取るか幸福を取るか、みたいないつもの話に決着を付ける決定打というわけではなさそうに思う。

ただし、最近の「人間たち」は、上記の平等ベースのリベラリズムが破綻しつつあることを悟りつつあって、むしろ、「すべての個体は異なる、と覚悟せざるを得なさそうだから情報処理技術をフル活用すべし」という方向に既に舵を切っているのではなかろうか。

だから、計算機械を真似た語りで「人間」をdisるデジタル・キッズも、そろそろ、「平等」をターゲットにするより、「多様性」をターゲットにするほうがいいんじゃないか。

「価値が4と6のものを、5と5だと認識する」のスローガンで野党共闘を模索した政治家たちが選挙で大敗したのは、既に「去年」という大昔の話じゃないか。

なぜ事実を茶化してはいけないのか?

「事実」はデータから構成された仮説として得られる、というのは、ほぼ現在では多くの人の一致する見方だと思うけれど、これは、事実が「構成された仮説」=人工物・作り物であり、自然ではないからいいかげんに扱って良い、ということにはならない。

「事実」という特異な項目を立てることで、観念論と唯名論の果てしない争い(もしくは宗教的信念と世俗的批判)は辛うじて平衡を保つ。

「事実」を軽んじる者はイデオロギーの餌食になるか、さもなければ、言論の煉獄で燃え尽きることでしょう。

知性 science に「理系」と「文系」の区別があって、前者は事実の領域、後者は解釈の領域を扱う、という俗説がダメなのは、そこが見えていないからだろうと私は理解しています。高い塔を築くのが好きな人や果てしないストリートファイトが好きな人が競技に夢中になるのは当人の自由だけれど、それが高等教育の主たるミッションであるかのように言われると違和感がある。

(「表象文化」という卓抜な提案や情報社会への投企は、この構造の見通しをよくしたり、実装のアップデートであったりするかもしれないけれど、この構造自体を脱却しているとまでは言えないと思う。)

大学教員資格更新テスト(論述) 2

以下の文章における間投詞「わー」の効果を、学術雑誌のインパクト・ファクターと研究者コミュニティにおけるその誤用と関連づけて分析してください。

演歌は「日本の心」か 実は1970年前後に誕生 kyoto-np.co.jp/top/article/20… わー先日の音楽学会の演歌シンポが新聞に。ベニーくんへの言及がないのが今ひとつ(カラオケ実践の中で演歌のジャンルがコモンミュージックとして他ジャンルと融合してる指摘とか重要やと思う)。オレもはよ書かなあかん…

【表象文化論】蜘蛛の糸はどれだけの重さに耐えられるのか?

私は前から言っていますが、研究者を志望する人は「上だけを見る」ようにしてください。世代や国を問わず「自分よりも優秀な人」だけを常に意識して、切磋琢磨してください。他方で「底は抜けている」ので「自分よりも下」がどれだけ多くても、研究者になるための競争では、まったく意味をもちません。

天から垂れ下がる蜘蛛の糸を伝ってあがるカンダダがいて、それを見て我も我もと後を追う人々がいる。おそらくこの発言は、そうした状況にいる大学院のカンダダたちへのアドバイスなのだと思う。

開かれた世界が「上」にあって、「私(たち)」は閉ざされて底の抜けた世界であがいている、という世界認識も、ヨーロッパと中国を仰ぎ見る帝国大学の秀才、芥川を正確に継承・反復している。

芥川龍之介はシニカルな無神論者で、第一次世界大戦後の大衆化に当惑して、その戸惑いを寓話にするところで終わった人だから、蜘蛛の糸はそれほど大量の人々に耐えられるだけの太さはない、という設定で物語を進めた。

吉田寛はカトリック信者で、90年代からゼロ年代のビデオゲームの隆盛の延長で情報社会が臨界点を超えるシンギュラリティを(おそらく)信じているので、蜘蛛の糸は切れない(少なくともあなたたちが「上」に到達するまでは大丈夫)と想定している。

  • 一本の糸=単一共通のルールかつ全員一斉参加

というのは、ひょっとすると20世紀的に過ぎるかもしれないなあ、と思いますが、もうひとつ、

  • 上に開かれた楽園があり、下に閉ざされて底の抜けた奈落がある

という世界観は、ひょっとすると、イエスでもブッダでもないし、「叡知」と「僧院」を結びつけるのは、案外、90年代以後というより、バブルと記号論の80年代かもしれない。

蜘蛛の糸・杜子春 (新潮文庫)

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薔薇の名前 特別版 [DVD]

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増補 日本語が亡びるとき: 英語の世紀の中で (ちくま文庫)

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さらに、2010年代に狂い咲きした「中国化」という名の科挙と儒教の再評価(「嫌韓」や「沖縄」も中国をあわせて考えないと間違いそうな感じは確かにある)とか、そういうのも混じっているかもしれませんが……。

中国化する日本 増補版 日中「文明の衝突」一千年史 (文春文庫)

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いずれにせよ、広場(アゴラ)のメタファーを僧院に対置できるところまで鍛えるのを諦めた、ということなのかなあと思う。

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これが80年代であれば、70年代に入ってもなかなかなくならない学生運動/ヒッピー/デモ/企業テロ/内ゲバetc.にうんざりして広場に背を向けて、高い塔と洞窟の物語を好んだのは、わからないではないけれど。

立命館の茨木キャンパスは大学を街に開くデザインになっていて、秀吉の町割が基礎になっている大阪の北浜、谷町筋のあたりは、たしかに、江戸以後に開拓されたキタ・ミナミとは違うノリで最近いい感じみたいですけどね。

(「プリンセス・トヨトミ」の万城目学はそのあたりで育っているし、「夫婦善哉」は梅田新道のボンボンと曽根崎新地の芸者=キタのモダンな風俗で浮き沈みする人々の話だが、上町生まれの織田作之助は彼らを御堂筋には行かせない。大阪から出たくない、と語る立命館の岸氏は、大阪の「発見者」ではなく、何度となく反復されてきた大阪語りのフォロワーのひとりに過ぎない。)

どうやらこの世界には底の抜けた場所があるらしい、というのはそうだと思う。

でも、社交と教養を会得した者にとっては(←結局ここが大変だから高等教育機関があるわけだが、そこできちんと教育を受けた者にとっては)「内」と「外」にそこまで深刻な標高差はない、高さのメタファーは過剰なフィクションである、と言い切っていいんじゃないだろうか。

信仰は信仰としてあっていいけれど、知性は、たぶん、高さを競うゲームではない。

Music from the Earliest Notations to the Sixteenth Century (The Oxford History of Western Music)

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タラスキンは五巻本の西洋音楽史を英国経験論の人フランシス・ベーコンの引用で書き始めている。(……と、自分より「上」の人で作文を締めくくってみた。)

[追記]

ただし、現在の日本の中堅エリートが「上」と「下」の比喩を内面化してしまうのは、「上」を見れば解消することではなく、彼らが教育を受けた「進学校」のいわゆる「スクール・カースト」的な風土をオトナになっても十分に相対化できていないだけのことなのではないか。学校が大好きなオトナたちの未成熟、という「低い」話に過ぎないのではないか、という疑念を私は最近強く抱いているのですが。

花より男子DVD-BOX

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超一流の先行研究(「上」)を見事に使いこなす研究者の語り口から垣間見える物語的・文学的前提が、研究とは裏腹にかなり通俗的なところに収まってしまう、というのは、「サラリーマン化する大学教員」(大学教員は下流/上流の分断に「中流」「凡庸化」で対抗する)というよくある症状かもしれない。

凡庸な芸術家の肖像 上 マクシム・デュ・カン論 (講談社文芸文庫)

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1980年代の蓮實重彦は、そのような「凡庸」こそが「現代」だ、と考えて表象文化論を立てたわけだが、そのような「凡庸」はもう批評的に作用しない。「凡庸なる現代」が一周回って再帰的に知識人のアイデンティティを形成して制度化され、大学教員が学生に「上を目指せ」「高さを競え」と言うようになっているとしたら、そろそろ、20世紀的 representation (ほぼそれは東大教養部的教養」とでも言うしかないものかと思う)の可能性と限界を本格的に検証する頃合いですよね。

Write once, use anywhere - 全能のイーターフェースへの夢想とその終焉

Write once, use anywhere はサン・マイクロシステムズがプログラミング言語Javaを売り出すときに使ったキャッチフレーズだそうだが、一度書いた定数をあらゆるところで使い回せるように書式を効率化するプログラミングの作法あたりから着想されたのでしょうか。

コンピュータ(のネットワーク)による情報社会の構想、その可能性と限界をよくあらわした標語だと思います。

いつどこで誰がそれを書いたのか(write once)をエンドユーザに見せないインターフェースを工夫することで、あらゆるものをあらゆるときに自由に使う全能(use anywhere)が夢見られたわけですね。

(奇しくも、プログラミング言語Javaはオブジェクトの継承を実装するために interface というワードを採用していましたが。)

「すべてはコピペである」というのは、非常にわかりやすく、「いつどこで誰がそれを書いたのか」を忘れた議論だったわけで、そのような全能感を夢想するニューエイジめいた高等遊民が大学に巣くって、「いつどこで誰が何を書くか」を管理するいわゆる「事務方」を目の敵にするのは、自ずとそうなってしまわざるを得ない症状に過ぎない。

whrite once と use anywhere はワンセットとして既に稼働してしまっているのですから、両者を分割して、その対立を煽るような言動に警世や未來への提言はないと思います。

そして逆に、仮想通貨のブロック・チェーンは、最初に採掘されて以後のすべての履歴を持って回る技術として注目されているようですね。write once と use anywhere の関係を組み替えるところが技術として新しい、ということだと思います。

AIという言い方で話題になっているディープ・ラーニングも、あるときある場所で誰かが残したデータ(write once)の膨大な蓄積を活用する新しい方法の提案なのでしょうから、いまは write once と use anywhera の新たな関係構築が模索されており、use anywhere だけを切り出して全能感を夢想する時代(それは同時に両者を仕切る臨界面=インターフェースの時代でもあった)は終わったと見て良いのではないでしょうか。