『音楽藝術』の松下眞一と大澤壽人

先週末に松下眞一回顧演奏会があったかと思えば、3/3は神戸女学院の皆様による大澤壽人演奏会、「大澤壽人スペクタクル」の昨年12月(兵庫県立芸術文化センター小ホール)に続く第2回(ザ・フェニックスホール)。

松下眞一のことは前のエントリーに書きましたし、大澤壽人演奏会については批評を書くことになっているので感想を省略して、最近入手した松下眞一と大澤壽人の『音楽藝術』寄稿文のことを書きます。

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松下眞一の初期のピアノ曲に「可測な時間と位相的な時間」(1959年3月初演)がありますが、この曲を発表した年の8月の『音楽藝術』に、彼は「現代音楽に於ける断層 - ウェーベルンに於いて本質であるところのもの -」という文章を寄稿しています。

ここで松下眞一は、計量記譜法の考案以来のヨーロッパ音楽の時間把握法(「拍」の概念など)に対して、作品20以後のウェーベルンが成し遂げた「音楽持続」に関するパラダイム転換を「位相化」と呼んではどうか、と提案しています。(そして「可測」は、「位相化」以前の時間把握を指す語として用いられています。)

ピアノ曲「可測な時間……」などを演奏した現代音楽研究所演奏会のプログラムでは、上野晃も「可測/位相」の対概念を使っています。

松下眞一はこの論文で、「位相(トポロジー)」が数学発で学問・芸術の新潮流のキーワード的な流行語になっているようだとの認識を記しています。この観測がどの程度、当を得ているのかはさておき、少なくとも1959年頃の関西の松下眞一の周囲では、「位相的/位相化」が、自分たちの目指す新しい音楽運動の標語だというような意識があったようです。

松下眞一は、そのような「運動」に協力してくれている女性ピアニスト(第1回現代音楽研究所演奏会関係者の集合写真が残っているのですが、横井和子さんは紅一点)の名前「ヨ コ イ」を自作に織り込んだわけで、

ちょっとキザですが、「運動」の気勢が上がりつつある時期というのは、そういうものでしょうか。

「可測/位相」の語は、いきなり数学の現行用法を参照するというのではなく、1959年の松下眞一グループのタームと見た方がいいのかもしれませんね。

(こうした松下眞一の状況分析がどの程度有効と評価されうるものなのか、前衛音楽運動界隈の事情に私はあまり通じていないので、これ以上の詮索は、少なくとも今はまだできませんが。)

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一方、松下眞一論文の8年前、1952年7月の『音楽藝術』には、大澤壽人の「編曲の経験」という文章が載っています。こういうテーマで寄稿依頼が来るのですから、大澤壽人がやっていたNHKラジオの「シルバータイム」(大阪発全国放送だったらしい)は、雑誌編集者の目に止まる話題性があったのでしょう。

この文章で、大澤壽人は、戦後、進駐軍将校専属クラブに数ヶ月演奏に行って、そこで知り合った若い人たちが今の活動の仲間たちであるという書き方をしています。NHK「シルバータイム」では、管弦楽が「大阪ラジオ・シンフォネット」とクレジットされていますが、たぶん大澤壽人とそのグループを丸抱えで番組を作っていたんだろうと思われます。

「大澤壽人スペクタクル」で演奏されたトランペット協奏曲も「シルバータイム」で放送初演されたらしいですが、この時のソリストは誰だったのでしょう? ひょっとすると、シンフォネットの若いプレイヤーにハイトーン満載のコンチェルトを吹く猛者がいたのでしょうか?

大澤壽人には、他にもまだ蘇演されていない戦後のセミ・クラシック作品が色々あるようなので、このあたりをどんどん解明していただきたいものだと思っております。

Trumpet Japonesque

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