宗教団体と興行団体

戦後日本の洋楽事業を色々調べていくと、遅かれ速かれこの2つに遭遇することになる。宗教団体のほうは、ゲンロンの場に登場する中間層ではなく、もっと大衆的なところに根を張っていて、実は無視できない存在だ、という形になる。創価学会がその典型だが、吹奏楽では、「吹奏楽の甲子園」と呼ぶ人もいるらしき普門館は立正佼成会の建物だし、東京佼成ウィンド・オーケストラが東京佼成吹奏楽団と名乗っていた時期に同会の大聖堂が落成しており、昔のバンド・ジャーナルには、立正佼成会大聖堂における東京佼成吹奏楽団ポピュラー・コンサートのグラビアが載っていたりする。

興行師・興行団体のほうは、「本場」とされるところの欧米から人や団体を呼んだり、こっちから人が行ったりするので、欧米の興行師・マネジメント業というのは何がどうなっているのか、ということをどこかで調べないといけないのかなあ、これってちゃんと「研究」している人がいるのかなあ、ということが気になってくる。

山田耕筰とリヒャルト・シュトラウス、みたいな比較の仕方が本当に「あり」なんだったら、村山美知子や梶本尚靖や野口幸助、あるいは、役所や放送局で「○○を成功させたのはワタシだ」的自慢をしがちな人たちというのは、欧米のどういう人・団体と比較し、関連づけて語ればいいのか、ということです。

あるいは佐々木忠次は、本当にディアギレフと比較するのがいいのか、もっと別に比較して論じるのが生産的であるような人が「グローバルな文脈」で見つかるものなのか。

とりあえず、アストリュックについて研究する人がいても全然不思議じゃなさそうですよね。あと日本の洋楽受容では、明治大正のアジアへの音楽家派遣に暗躍した人々の掘り起こしから、早速とりかかりましょうよ。

歌舞伎座誕生 團十郎と菊五郎と稀代の大興行師たち (朝日文庫)

歌舞伎座誕生 團十郎と菊五郎と稀代の大興行師たち (朝日文庫)

歌舞伎だと、座元と座長の名跡が絡まり合って継承されたり、興行の話をオミットできなさそうでこういう本があるけれど、音楽はどうなのか?