「モーツァルト→ハイドン→ベートーヴェン」という順番、それから「起業する音楽家」のこと(岡田暁生「CD&DVD51で語る西洋音楽史」)

岡田暁生さんの新著「CD&DVD51で語る西洋音楽史」には、この人にしか書けないと思わせられるところがもちろんたくさんあって、「ヤラレタ」と思ったのは、ウィーン古典派の話を、年齢・生まれ年の順番(ハイドン→モーツァルト→ベートーヴェン)ではなくて、モーツァルトから始めているところ。

丸谷才一氏が毎日新聞で誉めたこともあって、じわじわ読まれ始めているらしい「恋愛哲学者モーツァルト」の主張、「ロココ/アンシャン・レジームでこそモーツァルトは煌めいていた」という讃美の思いが、歴史叙述の順番を逆転するに至ったということでしょうか。

恋愛哲学者モーツァルト (新潮選書)

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そしてモーツァルトの推薦CDはバレンボイム&クレンペラーで、ハイドンの推薦CDはカラヤン、しかも、これ、

ヨーロッパ国歌集

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  • アーティスト: カラヤン(ヘルベルト・フォン),ヤノヴィッツ(グンドゥラ),ドミンゴ(プラシド),レッセル=マイダン(ヒルデ),ホーニク(ゴットフリート),クメント(ヴァルデマール),ツェドニク(ハインツ),ベリー(ヴァルター),アライサ(フランシスコ),ウィーン楽友協会合唱団,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
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  • 発売日: 2006/06/07
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どうしてそういうことになったかという詳細は、本をそれぞれでお読みいただくのが一番かと思います。

CD&DVD51で語る西洋音楽史 (ハンドブック・シリーズ)

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ただ、ハイドンの章で、(「西洋音楽史」でもそうだったのですが)彼をロンドンに招聘したザロモンが単に「興行師(マネージャー)」となっているのは、ちょっと古風な感じがしました。

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)

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ヨハン・ペータ・ザロモン(1745-1815)は、ベートーヴェン一家と同じ家に住んでいたこともあったというボンの宮廷音楽家の息子でヴァイオリン奏者。ハイドンがロンドンで作品提供&出演したのは、ザロモンがリーダーを務めるオーケストラだったようです。

「音楽家の社会史」(大作曲家の影に埋もれた人々に光を当てようとする傾向が強い)的な見方をすれば、音楽家が同時に興行・マネジメントをやるようになって、しかもそれなりの世俗的成功を得る。俗世から疎外されたロマンチックな永遠の放浪者とは真逆の、いわば、「起業家コース」ですね。

19世紀のこの種の「起業する音楽家」については、たぶんそれだけでひとつの大きな物語が出来そうな気がします。

人さらい同然でイギリスに連れてこられて、ピアニストから一念発起で会社経営に成功したクレメンティのような人がいますし、ウェーバー、メンデルスゾーン、ベルリオーズ、ワーグナーなど、指揮者として成功した音楽家は、いずれも「経営の才覚」を駆使して地位を築いたと言えそうです。

ワーグナーの「睥睨する音楽」、高みから見下ろす視線は、下世話に言えば「成金体質」、IT長者が高層マンションのペントハウスから都会の夜景を見下ろす視線とおそらく裏表一体。

作品を通じて流通するパブリック・イメージが「ロマンチスト」であったとしても、本当に処世術を知らず、放っておいたらどこで何をするかわからない浮世離れした人は、シューマンくらいだったかもしれません。ブルックナーの朴訥な「野人ぶり」も、ウィーンで生き抜く上での、いわば本能的な処世術(キャラとしての「天然」)だったという説がありますし……。

「ザロモンは(単なる)マネージャです」ということで、そういう「音楽と金」の方面にピシャリと蓋をして(ハイドンはロンドンで相当「稼いだ」らしいのですが)、スポーツカーをかっ飛ばすカラヤンのように「美的領域」を爆走するところが、岡田暁生さんらしさではありますが。

(そういえば、朝比奈隆関連の資料を読んでいると、ヨーロッパでボス的に地域のマネジメントを仕切っている音楽家と交渉する話が出て来ますから、20世紀に入っても、演奏とマネジメントの二足のわらじが普通にあったようですね。今でもヨーロッパの小さな町ではそうなのでしょうか。)

BEYOND TALENT(ビヨンド タレント) 日本語版 音楽家を成功に導く12章

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