無題

重要なのは「芸術」以外の音楽の機能について考えることである、という主張には大いに同意(というかその同意もまた渡辺先生による「音楽学者づくり」の成果によるものなのだが(笑)

わーやばい今年も仕事納め - ロック中年リハビリ日記・別館

(引用文で開きカッコと閉じカッコが対応していないのは、原文ママです。)

音と音楽が多種多様な働きをする(している)ことは自明だと思いますが、その多種多様な働きを名指すときに、どうして“「芸術」以外”という言葉遣いがなされねばならないのか、私には理解できない。

「芸術」のことが気になるんだったら、「芸術」を対象にすればいいし、何か他のことをやるときに、四六時中、「オレは今“「芸術」以外”をやっている、やっている、やっている」という思いが念頭を離れないとしたら、それは一種のノイローゼではないか。

渡辺先生という方は、そんなノイローゼ患者を生産しているのだろうか。だとしたら、それはヒドい(笑)。

(もしそのようなノイローゼ患者が量産されているのだとしたら、アドルノの、芸術体験に社会が不在として否定的に映し出されていると言っていると読めそうな呪文風文字列(芸術という水晶玉を凝視するのが社会学だという宗教のような態度)にすがる人が出てくる心理を説明できて、それはそれで有り難いことではありますが。http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20101225/p1

  • (1) 「芸術」としての音楽をやるのが容易であり、「「芸術」以外」をやるのが冷や飯を食わされる茨の道であるような環境があって、
  • (2) それでも「「芸術」以外」をやる有意な人々がいて、
  • (3) しかし、いつしか「「芸術」以外」をやる人々への周囲の理解と支援が高まり、
  • (4) 気がついてみれば、「「芸術」以外」という看板を掲げることが、「芸術」という看板を掲げるよりも、はるかに実入りのいい商売になっている。

仮にこのように事態が推移している場合には、いつまでも今の状態が永続してほしい、と思う人々が、「「芸術」以外」という看板を掲げ続ける(そのほうが有利だから)という状況が、ひょっとすると起こりうるかもしれないとは思いますが、

ひょっとして、今がそういう「“「芸術」以外”景気」の時期であるという状況判断がなされる、しかるべき根拠があるのでしょうか?

仮にそのような判断が妥当であるとしても、妥当ではないとしても、私はそんなことには興味がないです。「芸術」だろうと、「「芸術」以外」だろうと、ちゃんとやってる人のことは尊敬するし、ちゃんとやってない人のことは軽侮する。

「芸術」について考えることと、「「芸術」以外」について考えることのどっちがどっちより重要だ、というような問題設定をする習慣を私は持っていません。

(いや、別に力んで書くことではないと思いますが。)

あ、ひょっとして、美学・芸術学の研究室で、芸術ではない音楽の研究をやるには、いちいち断りが必要で大変だ、というような話なのでしょうか。

でも、「「芸術」以外」のほうが重要だ、ということになると、それはもう、看板を掛け替えるか、自分が出ていくかしないとしょうがないんじゃないのだろうか。他所様のことなので、よくわからないけれど。

他に所属がないからここにいますけど、私がやってるのは音楽学で、美と芸術は関係ないです、ではダメなの。あるいは、主宰者の押しが弱いから、そこまで堂々と胸を張ることができずに、肩身が狭い、という話なのだろうか。

だったら、そりゃ多少可哀想かも、とは思いますが、本当にそういう話なのか。どこの組織でも、その程度の看板と業務実態の不一致はいくらもあることだろうし、大騒ぎする話ではないと思うが。

増田聡が、駄々っ子のようにちょっとしたことを大げさに言うのは、もう飽きた。

「オレは「芸術」ではなく●●をやりたいのだ」というのであれば、そう宣言して行動すればいい。「オレのやっている、芸術ではない何ものかのほうが、芸術“より重要である”と承認せよ」と言われても、それは学問の仕事ではない、と言うしかない。世の中に重要なことはたくさんある。何が何より重要であるか、ということを決める権利は学問にはないはずだが、違うのか?(文部科学省や教授会がその学科は要る/要らない、重要だ/重要ではない、と判断することはあるかもしれないが、それはどこにでもあるサラリーマンの人事の問題でしょ。(注))

認識と実践を故意に混同して派閥形成に励む。まだその手口が通用すると思っているのか。(キミは、その手法が今の自分を支えていると思っているのかもしらんが、キミが大学に拾ってもらえたのは、たぶん、そういう派閥作りとは関係ないと思うよ。どういういきさつで職にありついて、その間に誰がどういう風に動いてくれたか、今の職に就いてから、自分がどのような仕事をどのようにこなすことを求められているか、ことの経緯を、もう一度、落ち着いて考え直してごらんなさい。)

      • -

(注) それから、ここ(→http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20101221/p1)の最後に書いた東大音楽関係者の来し方というのは、学問制度としての東大芸術研究の歴史の話だけじゃなくて、制度は制度としてあったうえで、個々人が制度と関係したり関係しなかったりしながら音楽に接近していく様相、その具体的な事実関係を知りたいという話です。

たとえば「演歌という神話」を「創った」関係者をあれこれ詮索するんだったら、鏡を反転して、そういう詮索をしているお前は誰なのか、素性を明らかにせよ、ということです。刑事ドラマで、訊き込みに行った先では、まず「バッジを見せろ」と言われるじゃないですか。「言説史」=書かれたものを読む、という手法だから、匿名的に一方的にのぞきたい放題でいい、と考えるのは違う、と私は言いたいわけです。

言いたい放題やってる「お前は誰だよ」と世間は思うだろう、「東大」だったらフリーパス、「学者」といえばそれで済む、というものではないだろう、という話です。そこで胸張ってものを言うには、自分の背負ってる身分・素性の来し方を明らかにしておくべきだ、ということです。

会社や私立学校は、ちゃんとしたところだったら、社史・校史を教えますよ。親方日の丸だから、自分の来し方=日本の歴史そのものである、とか、東大・旧帝大がそんな風に言える時代では、今はもうないだろう。まして、「ナショナリズムの再検討」を言うような学派だったら、率先して、それをやっておくべきだろう、と、そういうことです。

おそらく、東大や旧帝大の音楽への取り組みは、「これまで東大は芸術音楽のみを扱ってきたが、これからは方針を変えて、芸術以外の音楽を扱うようにする」というような単線的な歴史ではないはずです。「うっかりそう思ってしまいがちだが、実はそうではない」の論法は、東大とその出身者のこれまでの活動にこそ適用されるべきだと、私は思っています。

出先で外部世界と直接接触しなければいけない課題を、非常勤かけもちの不安定な身分でやっている人がいて、本気でそういう人たちを支援したいと思っているんだったら、チマチマと互助組合的に声をかけるとか、そういうことでなく(ましてそのような「憐憫の情」で妙に議論をねじまげるというわけのわからないことをされては有り難迷惑というもの、つきあいがあるから露骨に嫌な顔をする人はいないだろうけど、弱い立場の人間に気を遣わせて甘ったれるのはいいかげんにしなさい)、母校や関連する機関でしかるべき地位を得ている者には、その地位ゆえにできることがあるのだから、それをマジメにやれ、ということです。

(バッジを見せればどんなVIPでも話をきかざるをえないコロンボ刑事や、いざとなればバッジを外してやる覚悟のキャラハン刑事が「ロス市警」に設定されているのは、映画「チェンジリング」を見ればわかるような過去がロサンジェルスにあって、それを踏まえて警察の威信が回復した/しないというところが微妙な街だからであって、あれは、「刑事もの」の抽象的・非歴史的なお約束、ではないはずです。調査・詮索(研究)は普遍妥当する超越的な正義ではない。歴史の検証としての文化研究ってのは、そういうことを明らかにする志をもったものではないのか。)

この程度のことは、こっちが冷静に書いている間に気づけ、バカ!

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東大仏文出身の大江健三郎が武満徹や伊丹十三の登場する小説を書くようなって、その題名がイーストウッドの出世作ヒーローの過去に遡るような映画と同じタイトルなのは、なんだか不気味。