アレックス・ロスが最愛の人に捧げる20世紀音楽史

昨年出た二巻本のアレックス・ロスの20世紀音楽史。片山杜秀さんの讀賣の書評を読んだら読みたくなって、さきほど読了。

20世紀を語る音楽 (1)

20世紀を語る音楽 (1)

20世紀を語る音楽 (2)

20世紀を語る音楽 (2)

北米と北米人が確固たる位置を占めている本ですね。

合州国は第一次大戦で世界史に躍り出た20世紀の大国なのですから、こうやって書かれてみれば、20世紀音楽史は、合州国に住む人の視点で書かれたときに収まりのよいものになるのは当然といえば当然でもあるでしょうか。

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多くの20世紀音楽概説のように「ヨーロッパの音楽」「ソ連の音楽」「アメリカの音楽」……という地図を描くのではなく、グラーツにおける「サロメ」上演の描写ではじまる長編映画のように、前から後ろへと語り降ろす物語になっているので、長いけれども一気に読めますね。

そしてエピローグのあとには、長い長いエンドロールのように膨大な機関、人名のリストが書き連ねられています。

本文を読みながら、私は、情報を華麗にピックアップする手つきに「なるほどこれが「英語の世紀」、20世紀の音楽に関する主要文献の多くが英語で読める(瞬く間に英語に翻訳されている)状態だから、こういう本が書けるのだろうなあ」と思っていたのですが、

でも、そういう状況が確かにあるとしても、それだけでなく、著者は必要とあれば現地へ足を運んで、資料にアクセスして、関係者を直接取材して書いたことが、この長い長い謝辞でわかります。

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さてそしてエンドロール風の謝辞の最後に書かれているのは、

「最愛の夫、ジョナサン・リセッキとその両親に本書を捧げたいと思う。」

という言葉。

音楽が「自律」することなく社会に編み込まれている、というのが著者の基本スタンスで、私的生活は、まさに音楽と社会が接する生々しい現場であって、そこを変なタブーにはしないということですね。

(米国版Wikipediaによると、「Alex Ross married director Jonathan Lisecki in Canada in 2005. (The Canadian Civil Marriage Act 2005 permits same-sex marriage)」。)

同性を愛する人が、20世紀におけるシリアスな音楽の在り方と親和しやすいかもしれない傾向があることについても著者は本文でコメントしていますし、個々のケースについて、はっきりそうである人はそうだと書いているし、カムアウトした人もいれば、そうでない人もいるみたい。

知られざる事実というわけではなく、大抵は既に知られているケースですけれども、この本は、北米と北米人がちゃんと存在している20世紀であるとともに、同性を愛する音楽家がちゃんと存在している音楽史でもあるのですね。

だからといって、もちろんそこに特別フォーカスして読むべき本だというわけでもなく、現に存在するものを、しかるべく存在させる、というスタンスなのだと思います。その態度が、読んでいて気持ちのいい本でした。

(最愛の人への謝辞も、ことさら大書強調するのではなく、隠すわけでもなく、書かれるべき場所にそのようなものとして書かれているに過ぎません。)

著者が本書に込めたものを考えると、原題「The Rest is Noise - Listening to the Twentieth Century(あとはノイズ、20世紀に耳を澄ませば)」は含蓄がありますね。

(なお、ついに余談ながら書きますが、わたくしは、この歳まで独身で、「ひょっとして同性愛者?」という疑惑のようなものを抱く方がいらっしゃるようなのですが、そのような事実はないです。

幸か不幸か、少なくとも性愛に関しては、他人様にカムアウトする/しないで悩む何かを抱える状態ではなく今のところ生きております。主として女性の皆様におかれましては、是非とも今後ともご愛顧・お誘いのほどをよろしくお願いいたしたく思っております(なんだかよくわからない終わり方で申し訳ない)。)