ビギン・ザ・吹奏楽(「アルヴァマー序曲」問題)

ジャズ・バンドの起源とされるニューオリンズの黒人フューネラルのバンドのリズム(1小節を三分割)はカリブ系だということなので、

文化系のためのヒップホップ入門 (いりぐちアルテス002)

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  • 発売日: 2011/10/07
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それじゃあブラバンの定番「アルヴァマー序曲」のリズム(8ビートで1、4、6にアクセント=1小節を三分割)はどこから来たのか、考えてみた。

「アルヴァマー序曲」の作曲者ジェイムズ・バーンズ(1949- )はオクラホマ生まれでカンザス大学の教授。この曲はカンザスの中学校バンドのために1981年に書かれたので、すべて中西部で完結して、カリブ海とも黒人カルチャーとも直接の関係はなさそう。

むしろ、この曲のゆったり流れるメインテーマ(「ファ・シb・ファ・ミb〜……レ〜ファ・ファ」)は、

f-b-esの4度の枠をなぞるところからスタートして、最後に出発点のオクターヴ上までたどりつく軌跡が、スタートレック(TOS)のテーマ音楽(同じ調に直せば「ファ・シb・ミb・レ……ソ・ド・ファ」)をほのかに連想させる。

こちらの作曲はアレクサンダー・カレッジ(1919-2008)。フィラデルフィア生まれで、MGMと契約してブロードウェイ・ミュージカルから映画・テレビの音楽へ。しばしば売れっ子ジェリー・ゴールドスミス(1929−2004)のオーケストレーターをしており、映画版「スタートレック」では、ゴールドスミスが自分のメロディーを引用してスター・ウォーズ風にかっちょよくアレンジしたスコア(第2シリーズTNGのテーマ音楽になったやつ)のオーケストレーションを担当することに。^^;;

が、オリジナル・シリーズのオープニングは、ナレーションのあるイントロに続いて、リズム・セクションが入ると(=のちに「アメリカ横断ウルトラ・クイズ」のテーマ音楽に使われたメロディ)、これって、小節前半が「スチャーチャ」のシンコペーションで、ゆったりした三連符のメロディー……、ビギンだったようですね。


どうも本当にこれがテレビ版オリジナル音源なのか、はっきりしないのですが、ボンゴも入っている。

「アルヴァマー序曲」のようなタイプの吹奏楽のコンサート用オーバーチュアのネタ元というか、イメージの源泉のひとつとして、SF宇宙ファンタジー(スター・トレックかどうかはともかく)的なものが混入しているのはほぼ確実だろうと思いますが(無重力を滑走する4度のメロディー)、そののバックのリズムは何なんでしょうね。吹奏楽のコンサート用オーバーチュアで本当によく出てくる形なのですが……。

ビギンを脱色消臭した、というのだとちょっと面白そうなのですけれど、この手のリズムは、もっとアメリカの色々なところに普通にありそうな気もします。吹奏楽な方々は、どういう風に納得していらっしゃるのでしょうね。

吹奏楽は、曲の基本ビートを設定して、リズム・セクションがそれを維持するというようなポピュラー音楽風の作りにはなっていませんが、あの市販の清涼飲料水みたいなパーカッションのリズムは、何らかの径路でポピュラー音楽から来ているような気がするんですよね。

(一番下の地層には、軍楽隊からスーザあたりを経て、どんどんアメリカナイズされていったマーチの記憶があるのだとは思いますし、要所要所を硬いシンコペーションで決めるのは、アメリカのアカデミックな作曲界の基盤になっていると思われる両大戦間伝来の新古典主義のスタイル伝来かなあ、とも思います。で、新古典主義だとしたら、そこで一回、ジャズ的なものが入ったのだろうということにはなりますが、あの「清涼飲料水」な感じは、それだけではないような気もします。こういうのを、聞き酒やワインのテイスティングのように嗅ぎ分けるのは、ポピュラー音楽の方々のほうが慣れていらっしゃりそうですよねえ。

ポピュラー音楽を愛するファッショナブルな方々は、こんな風にどんよりと色々なものが混ざり合ったような音を「試飲」なさらないかも、ですが。)

でも、

  • (1) 宇宙ファンタジーっぽいメロディー+「1,4,6」アクセントの8ビート
  • (2) 中間部の一転して「暖かいわが家」風の歌い上げ(リアルな家庭像というより、ミュージカルやハリウッド映画のイメージを媒介しているように思われますが、A. リードが得意なやつですね、(1)とは好対照に、賛美歌やドイツ・リート以来の「民衆の歌」のスタイルでメロディーはディアトニックで、これをバークリー風の「甘いコード進行」が支える)
  • (3) アップ・テンポでのリスタートのスネア・ドラム&楽器が加わっていくクレッシェンドの「まくり」(しばしばフガート風になり、フルートとクラリネットはチアガールのボンボンのようにキラキラした高音域のトリル!)
  • (4) 最後は主部と中間部のメロディーを組み合わせるグランド・フィナーレ

といった「アルヴァマー序曲」の特徴は、全部、吹奏楽用オーバーチュアの定番として、スクールバンド吹奏楽の世界では周知・登録済みなんですよね。こんな風に「お約束」のデータベースがある感じはポピュラー音楽に近いような気がします。「お約束」をなぞって、そういうキャラを演じるのが嬉しい、みたいな。

吹奏楽な方々は、既にこういう蓄積が事実としてあるから、「ブラバン=軍楽隊のなれの果て」とか、「応援団・体育会系」のステレオタイプだけで語られることに違和感を覚えるのだろうと思います。

こういう「定番」がどうして「嬉しい」のか(吹奏楽人間はみんなこれが「嬉しい」のですよ、アルヴァマーは大好物!)、物語素を取り出して神話学風に語り尽くす、みたいな吹奏楽オーバーチュア研究が、うまくやれば成立するんじゃないでしょうか。