NHKラジオ「現代の音楽」1958年7月13日放送分を聴く

NHKラジオで1957年から放送された「現代の音楽」(長らく柴田南雄が司会をした)の現存する音源の公開というと、昨年のちょうど今頃、ナクソス・ジャパンからNHK「現代の音楽」アーカイブシリーズが出ましたが、今度はナクソスとオンキョーの「N響アーカイヴシリーズ」として、さらにいくつか出たんですね。

初出とされる演奏もありますし、入野義朗「シンフォニエッタ」と武満徹「弦楽のためのレクイエム」のアルバムには、作曲者たちと柴田南雄が語り合っている音声も入っています。聴いてみたら、この音声は、どうやら当時「現代の音楽」の放送で流れたものそのままみたいです。

私には、これがとっても興味深かったです。

http://music.e-onkyo.com/goods/detail.asp?goods_id=nynn00154

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最初に柴田南雄、入野義朗、諸井誠の鼎談があって、なぜ諸井がここにいるかというと、この放送では、今回のアルバムに入っている以外に諸井作品も流れたようです。(入野の「シンフォニエッタ」と同じ「6年前の曲」と言っていますが、何が放送されたのでしょう。本気で調べたらわかると思うのですが、無伴奏フルートのパルティータなのか、他が管弦楽曲だから、別の曲でしょうか?)

そして柴田と武満徹の対話では、「弦楽のためのレクイエム」のことを柴田が「去年の6月に初演されて……」と言っているので、この対話=放送は1958年だとわかる。小学館の武満徹全集の解説書を引っ張り出してみますと、この曲は1958年7月13日の「現代の音楽」で放送されたとのことなので、つまり、この音声はこの日の放送みたいです。

たしか、話の順序としては、武満徹が亡くなって小学館がCD全集を制作することになり、その調査のなかで「現代の音楽」の音源がNHKに残っていることがわかって、放送の日時などどから考えると、ストラヴィンスキーが来日時に聴いて武満徹を激賞したのは、どうやらこの音源らしい、ということになっていたはずです。

N響アーカイヴシリーズには、そのストラヴィンスキー来日時(1959年春)の演奏もありますね。

http://music.e-onkyo.com/goods/detail.asp?goods_id=nynn00074

(N響をストラヴィンスキーが指揮した記録は既にDVDにもなっていますが、音は今回の配信のほうが良いのかも……。)

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磁気テープは1950年代にようやく実用化された当時の最新技術で、電子音楽やミュージック・コンクレートが1950年代に出てきたのも磁気テープを使えるようになったからこそですし、入野義朗の1950年代前半の作品が、初演当時ではなく1958年放送分で残っているのは、ようやくこの頃になって、磁気テープを記録用に残しておけるほど普及した、ということなのだろうと思います。

大栗裕も1950年代後半のある時期から個人でテープレコーダーを所有していたようで、大阪音大の付属図書館大栗文庫には100点くらいのオープンリールテープが寄贈されています。大栗裕は1918年生まれですが作曲家デビューが1955年と遅かったので、活動の初期の演奏の音もいくつか残っています。

「雲水讃」の成立・改訂経緯がわかったのも複数の録音が残っていたおかげですし(自筆スコアは最終稿しか残っていません)、現在、少しずつ内容の確認を進めています。

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が、録音テープの内容確認というのは、手間がかかるんですよね。

外箱に内容が記載してあったり、現物と一緒にメモが残っている場合もありますが、それがテープの内容と一致するかどうかは聴いてみないとわからない。「雲水讃」の場合もそうでしたが、テープが上書きされているかもしれませんし、中身が何かの拍子で他と入れ替わっているかもしれませんし……。

そして、本当にこれはこのときのこういう音だ、という手がかりになるのはディテールなんですよね。

会場の様々な音が入っていたり、編集の痕跡なく演奏のあとに拍手が入っていたらライブ録音だとわかりますし、最初に「ピーっ」という信号音が入っていたら放送用のマスターテープ(をダビングしたもの)だとわかります。

放送を自宅で収録したものである場合、CMが入っていれば民放だし、ナレーションが「見ればわかる」情報を略したスタイルであれば、これはラジオではなくテレビなんだな、と推察できる。

そしてテープの収録年代は、前後に重ね録りされている音との重なり具合から特定していかなければ仕方がなかったりします。(1962年7月のラジオ放送のエアチェック音源が上書きされていれば、元の音は「1962年7月以前」だと下限がわかる、「雲水讃」のことを調べたときに見つかった京都の六斎念仏の音は、そうやって、1961年夏のお祭りのときの録音であり、この録音が1961年秋の作曲時に参照されたと見て間違いないだろう、と推理しました。)

で、今回リリースされた「現代の音楽」の放送音声を私が興味深いと思ったのは、柴田南雄が入野義朗の「シンフォニエッタ」を「6年前の曲」と言い、武満徹の「弦楽のためのレクイエム」の初演を「去年」と確かに言ってくれていることなのでした。この言い回しのおかげで、この音声が1958年のものと見て間違いないだろう、と判断できます。

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大栗文庫には、もう少し後の時期の「現代の音楽」エアチェックと思われるテープがあります。これも、そういう感じに解説者の言葉の端々を手がかりにして、おそらくこの番組は有名なNHK「現代の音楽」なのだろう、年代はいつごろだろう、と当たりを付けて、関連資料と照合する、というようなことをやりました。

(大栗裕の作品が「現代の音楽」に取り上げられたわけではなく、入っていたのは一柳慧や高橋悠治のテープ音楽だったのですが……。)

今回、1958年の柴田南雄の声を聴いて、大栗文庫にあるテープの解説者も同一人物、柴田南雄だ、と改めて確認できて、これも嬉しいことでした。(私が解説者としての柴田南雄の声をラジオで聴いたのは1970年代後半以後ですし、どういう声だったかの記憶も今となっては定かではなく、声からすぐに、これは柴田南雄だ、と確信することはできませんでしたから。)

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残っているテープのなかには本当に手がかりの乏しいものがあって、大栗裕が指導した関学マンドリンクラブの演奏会の記録なのはわかるのだけれど、何年のどの演奏会なのかわからないので、まず曲目を特定して、そのプログラムでやったのはどの年なのか確かめる。そして、司会者が大栗裕先生を紹介している部分に歌劇「地獄変」という言葉があるから、1968年かそれ以後の演奏会だとわかる、とか……。

まあ、やっている手順としては、自筆譜とか手紙とかの文献資料を扱うときのやり方の応用ではありますが、パズルや推理小説みたいですね。

そして、パズルや推理小説は答えがあるとわかっていますが、これは答えがあるかどうか定かではないので、どこまで掘るかの見極めも自分でやらなければいけない。

日頃そういうことをやっているもので、「現代の音楽」の音声も、そういう耳で聴いてしまったのでした。