近未来パラレルワールド:テレビ的音楽制作

エヌ氏は民間の音楽堂に勤務している。コンサートの宣伝がエヌ氏の仕事だ。紙のチラシやチケットが廃止されてから、もう何年になるだろう。音楽堂は、どこでも一昔前の放送局に似たブースを持っていて、事前告知や出演者のインタビュー番組をインターネットにアップしている。エヌ氏が番組のナビゲーターだ。「これって、子供の頃にテレビでみた局アナのような仕事だなあ」とよく思う。入社試験は、営業職なのにカメラテストがあり、不審に思ったものだが、そういうことだったんだ。

そう考えると、今の音楽堂は、まるでテレビ局そっくりだ。

すべての公演はネット中継されて、実際に客席に来る何倍もの人が世界中でこれをみている。月々の定額課金で、最近は、これがチケット収入を上回ることも多い。

番組表があって、その間に、スポットCMのように告知が入る。これがエヌ氏の「番組」なのだが、最近はなぜかこちらも人気が出て、ファンレターまで来るようになった。

しかしあくまで地方タレント。大阪の音楽堂は、全国ネットに加盟するローカル局みたいなものだ。

当局の指導があるから、番組の一定割合は自主制作だが、半分以上は東京制作の公演を買う。それなら、東京の音楽堂の中継をみていればいいと思うのだが、そう進言すると、「コンサートってのは、そんなもんじゃない。音楽家が大阪へ来て、お客さんの目の前で演奏するのがライブというものだ」と昭和生まれの上司が怒る。

でも、大きな声じゃ言えないが、自主制作といってもコンテンツは外部の制作会社が作っているから、これも昔の放送業界と同じことだ。音楽堂の中にあるのは、経理・営業、そして今では制作部門が「編成」と呼ばれている。

それでも、うちは実際にお客さんを入れて、生中継しているから良心的だ、とエヌ氏は思う。

最近では、エキストラを雇って、一日に3本、4本の番組(コンサート)をまとめ撮りして、録画で流しているところも多い。こうすると、出演者の拘束時間を節約できるから、格安で配信できる。そのうち大きな都市では、10くらいの音楽堂が合併されて、ひとつの場所で一括制作。全国のシネコンに一斉配信する計画もあるらしい。

録画を放送すれば、当日のドタキャンがなくなって、スタッフは楽になるという意見があるけれど、それってどうなんだろう。やっぱり「ナマ」が一番。伝統のすばらしさを伝えるのが我々の仕事だと思うんだ。

そのかわり、うちのネット中継は、予約録画もオーケーだし、番組追尾機能がついているから、本番が延期されても、見逃すことはない。だから本番が延期されても、お客さん側に問題は発生しない。それに、アーチストのコンディションが悪い日は、延期して再調整してもらったほうが、うちとしても内容の質を保てるからありがたい。本番前のプレッシャーから解放されたと、アーチストさんにも好評だ。

今ではこのやり方を採用するところがあちこちにあるけれど、最初にやったのは、うちの音楽堂なんだよ。すごいでしょう。

音楽会の未来は明るい。今日も頑張って働こう。

(なんやこれ。途中から語りのマイクを作中人物に乗っ取られてまんがな。しっかりしてや(笑)。)