平熱のクラシック音楽

ということで、井上道義がどういう風に復帰するか、という件は、アホの大活躍もあって、それなりに記録と記憶が残る形に決着したということになりそうだ。

考えてみれば、今や関西で一番上手じゃないかと言われてもいる京響と、そこよりさらに十年くらい歴史が古い大フィルは、どちらも、ひと頃大流行した「音楽専用ホール」とはちょっと違って、オケを遠く感じる、とか、さほど音がいいわけじゃない、とか言われたりする会場を本拠にして、大きく輪郭のくっきりした音が特徴的な演奏で、細かいこと言わずに、いかにもクラシック音楽らしい感じのオーケストラ音楽を安定して回すスタイルに落ち着いている。

会場について言えば、「音楽専用ホール」というやつは、朝日放送がいかにもマスメディアらしい大々的な宣伝で「残響2秒」を打ち出したシンフォニーホールが最初で、こちらも宣伝・広告が伝統的にお得意なことで知られるサントリーがこれに続いて、こういうのにつられる形で公共ホールも流れに乗ることになったわけだが、冷静に考えれば、音響・サウンドに血眼になるようなマニアなんて、数としてはそれほど多いわけじゃないし、そんなことばっかり五月蝿く言うのは20世紀後半のオーディオマニアのなれの果てに過ぎないんじゃないか(=芸術音楽の周辺に花開いたサブカルチャーのひとつに過ぎなかったんじゃないか)ということで、「一時の流行」「そんなこと言ってる時代もあったなあ」というところに収束する大きな一歩じゃないかと思います。

(「音楽専用ホール」は大阪の放送局と関西発祥の酒屋さんが火を付けたのだから、関西のオーケストラがそういう流れを止める先鞭を切るのは、言い出しっぺが責任を取った、ということでしょう。)

どうしてこの2つのオーケストラが「大きな音」のスタイルを採用しているのか、理由はそれぞれで、京響の場合は一緒にやって面白いと思える相手として広上淳一を選んだだけかもしれないのだけど、やってみたら、でかい音をおおらかに鳴らすスタイルは京都コンサートホールにぴったりだった、という結果論に過ぎないかもしれなくて、大フィルの場合は、でかいホールでたくさんのお客さんに来てもらわないと民間団体だから帳尻が合わない、というのが先にあり、ちゃんとでかい音を出してくれる指揮者を選んだ、という順序だと思う。

ピリオドとか切れたプログラムとか、そういうのは、それこそ、どっか他の「音楽専用ホール」でやったらええ、ということですわ。別に、そういうところが閉鎖されてなくなったわけじゃないのだしね。

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で、「音楽専用ホール」という熱に浮かされた30年は、いわゆる教養主義とは違うタイプの蘊蓄というか専門知識というか、そういうのが歓迎された時代でもあったと思う。珍しい曲を発掘する、とか、最新の研究に基づく楽譜や演奏法や解釈を披露する、とか。

そういうマニアックな話は、音にしてみると僅かな違いだったりするのだけれど、「音楽専用ホール」で聴いたら、特殊な実験室みたいなものですから、それなりに、なるほど〜、と思えた(思える)のかもしれないし、なんかそういうのが、せっかく作った器を無駄にせずに使ってる感じで嬉しかったわけですね。

おかげで音楽学(者)も何かとお呼びがかかった。

しかも、音楽学者のほうも、たいていは柴田南雄や吉田秀和で育った世代で、「象牙の塔」に籠もるより、新聞やら雑誌やら講演やらで魅力的・社交的に振る舞ってこそ本物だ、というか、そういうのをひそかに夢見てやってるような人が少なくないから、それぞれ張り切ったわけですね。

馬の前にニンジンぶら下げるように、アリオンやらサントリーやら水戸の吉田秀和賞やら、上手に音楽についての文章が書ける人(主として学者)を持ち上げるようなしくみも設置された。

自分でやってみたらすぐわかりますけど、マニアが唸るような蘊蓄、あっと驚くトピックを入れて、なおかつ、面白く読める音楽の作文をするのはそんなに簡単なことではないから、それなりに盛り上がる「競技」ではあるし、演奏家がコンクールに挑むのと一緒で、やってみる過程で色々勉強にはなりますわ。

でもまあ、その種の意欲を焚きつけた大元の「最後の帝大生たち」が既に死んでいなくなっちゃったし、もうそろそろ、この路線もネタ切れ、人材切れでしょうね。

それに、「大きい音のするオーケストラコンサート」路線で集まる人たちは、書き手のちょっとした言葉の選び方とか、話の展開の仕方とか、そういうところを作り込んでも、そんなん、気づきませんからね。もう今となっては、プレトークへ出てきたり、解説やらエッセイやらを書いたとしても、あんまり腕を振るう余地がないと思います。

(そもそも編集者や主催者に、そういうのを読む力がなくなってきてますから、今どきのクラシック音楽に「意識の高い学者」が出てきても、猫に小判だと思いますわ。)

で、東京は色々コンサートがさかんだと言うけれど、無理矢理お金をかき集めてガイジンを次々呼んでる形ですからね。

雑誌・ジャーナリズムは、そうやって次から次へとやってくる人たちを追いかけて写真撮って、インタビューすることで誌面を埋めているわけだから、興行に寄生してるだけですよね。東京は他とは違うといっても、内実は資金が続く限りの現状維持が精一杯なんだろうと思います。

(ガイジンを「ゲスト」として呼ぶだけじゃなく、本気で日本に滞在させて日本から何かを発信できる形にしよう、「お雇い外人2.0」に挑戦しようとしても、先のコンヴィチュニーがそうだったように、実際にそこへ集まってくる人たちは、他我のコンテクストの違いでとんでもない読み違いをするか、あるいは、「実はこんな人だったんだ」とわかってアタフタするか、どっちにしても、先方が本気になられたら、かえって困る、みたいのが現実なわけですから、まあ、無理でしょうな。)

とりあえずしばらくは、こんな感じの現状維持が数年か十数年続くんでしょう。2014年は、そのあたりがはっきりした年、という感じですね。

20世紀の音楽は、もうちょっとお客さんに馴染んでもらっといたほうがオーケストラにとっても都合がいいだろうと思いますが、それは、徐々に著作権が切れたり、研究が進んだりして、自ずと世間になじんでいくでしょうから、それほど焦ることではない。

片山杜秀が異常に面白く盛り上げたのもそのあたりでしたが、日本の洋楽は、じたばたと煩悶しながら色々やった黒船以後の150年が良くも悪くもピークで、そのあたりのことも。20世紀の音楽がもうちょっとカジュアルに広まって、18、19世紀のヨーロッパばかりを崇拝する変な感じが薄まったら、これも世間に自然と納得されていくでしょう。

20世紀の音楽とか、日本の洋楽150年とか、そのあたりは、世間に面白く話をする前に、資料だとか何とか、もうちょっとインフラを整備しないとアカンと思う。

アホが沸いてこない領域で暮らしたいと思ったら、むしろ、そっちでしょうね。

既に辞書のある言語の翻訳に夢中になったり、既に翻訳のある書物を読んだり読まなかったりしながら蘊蓄たれるのが得意だったりする人というのが世の中には存在するようだが、ものを調べて一番刺激的なのは、まだ辞書がないような領域でしょうからねえ。