ハーモニカの構え

大栗裕はハーモニカで作曲した、とされており、生前自身も(ややネタ気味に)そう言っていた。そして遺品にはハーモニカが含まれているのだが、記録写真を撮ろうとして、どうにもさまにならずに困っていたのである。

ハーモニカのように金属で覆われてピカピカ光る「ブツ」をどう撮ればいいか、というのは、情報社会のデジカメ書籍コーナーへ行けば、手取り足取り色々なことがわかるようになっている。

「商品撮影」とか「ブツ撮り」というのは、ネットショップやネットオークションの出品など、日々の需要も多いようで、「テーブルフォト」と呼ばれる料理の撮影(グルメ!)とも隣接して、今や写真の一大ジャンルになっているようだ。ヨドバシのカメラ売り場へ行けば、まあたくさん色々な関連グッズが並んでいます。

家庭で手軽に撮影できて、あわよくばサイドビジネスとして写真で稼ぐのも夢じゃない!

ということで、商品撮影/ブツ撮りは、いかにもゼロ年代らしいジャンルに見える。

が、ハーモニカは、その種の技法だけでは、それらしく見えないのである。

商品写真の撮り方 完全ガイド プロがやさしく教えるブツ撮りの手引き

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だが、ふと、ネットでハーモニカの画像を検索したら、コツとポイントがわかった気がする。

ハーモニカのピカピカ光る部分は、見ると目立つけれども、あくまで楽器を包んでいる外側の「カバー」であって、楽器としての本体はリードと、息を吹いたり吸ったりするマウスピースなのですね。リードはカバーに覆われて外側からは見えないけれど、マウスピースは楽器前面に、規則正しく穴の並んだ姿が見えている。そしてハーモニカの写真を撮るときには、マウスピースをメインにして、ここを明るくはっきり見せるのが基本であるようだ。

マウスピースをメインに撮ろうとすると、楽器を高めに置くことになって、そうするとこれは、楽器を吹くときの構えに近くなる。演奏するときの姿がサマになるとも言えるし、吹こうとするの構え・アングルで見ないと、ハーモニカは「らしく」見えないということかもしれない。

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さて、そしてハーモニカの「見方」=「構え方」がわかると、今まで疑問だったことが徐々に解ける。

マウスピース面の左側には、しばしば「C」というようにその楽器の調が刻印されており、カバーの社名や機種名等の表示もしばしば左に寄っている。つまりハーモニカという楽器は、視線を左へ誘導するようにデザインされているようなのだが、これは、単にこの楽器が横書きで文字を左から右へ書く文化のなかで生まれた、というだけでなく、リードが「ドレミファソラシド……」と左から右へ行くほど高い音になるように並んでいて、基準の「ド」が楽器の左側にあるわけだから、この楽器を使うときには、まず左側にアプローチするのが自然である、ということになっているのだろうと思う。

リードの音階が「左から右へ」順番に配置されている、と認識するのは、音階の「上昇」が基本であるかのような暗黙の前提、さらには、「ドレミ」であれ「C D E」であれ「ハニホ」であれ「1 2 3」であれ、低い音から順番に階名に文字記号を割り当てる習慣が背景にあり、そのように記号と対応づけられた音階を水平に配置するときに、左から右へ、の順番が自然であると考えるのは西洋横書き文化の磁力なのだから、横書き文化とリードの並び順の関係はなかなか面倒ではあるが……。

そしてこの種の楽器の「観察」は、ちょうどジョナサン・スターンがマルセル・モースの助けを借りないと listening を処理し得なかったように、視覚文化だ聴覚文化だと言う前に、文化人類学系民族音楽学の基本ではあるわけだが。

(それに、リクツがわかったとしても、貧弱な装備と初心者の技術ではこれくらいにしか撮れないですけど……。)