大阪音大の紀要に
大栗裕「大阪俗謡による幻想曲」(1956, 1970)の作曲技法--草稿「大阪の祭囃子による幻想曲」の分析を中心に--
という論文を寄稿しました。「大阪俗謡による幻想曲」の複数の自筆譜の異同を調べたレポートです。大阪フィルハーモニー交響楽団、大阪音楽大学の付属図書館大栗文庫と音楽博物館に、資料・情報提供で本当にたくさん助けていただきました。ありがとうございました。
論文に盛り込むことのできなかった演奏会データを、論文投稿後にわかったことを含めて補足します。
大栗裕の「大阪俗謡による幻想曲」は、朝比奈隆がベルリン・フィルで演奏したことで有名ですが、朝比奈隆のベルリン・フィル出演は、演奏会の好評が当時の(関西の?)新聞等で大きく報道されただけでなく、出発前の壮行行事、帰国後の帰朝記念公演があったようです。
朝比奈隆の渡欧(1956年5月末)に先立つ壮行演奏会として、現在、私が把握しているのは次の2つ。このうち、神戸新聞会館(三宮駅前に同年5月落成、阪神・淡路大震災後で全壊、現在は「ミント神戸」)の演奏会(5/28)で、「大阪俗謡による幻想曲」が初演されました。この演奏会には、当時、神戸女学院教授に着任したばかりの原智恵子も出演していたようです。
(5/6の終演4時だったと伝えられている3時間の大演奏会の締めは「蛍の光」。この頃から朝比奈さんのコンサートの締めはこの歌だったのですね。)
- 朝比奈隆氏をおくる全関西音楽会、1956年5月6日午後1時開演、大阪府立体育館 [曲目・出演者の詳細は不明]
- 開会挨拶(朝日新聞企画部長 藤原徳次郎 *当時、関西吹奏楽連盟監事)
- 関西吹奏楽連盟中学校の部、合同演奏
- 関西吹奏楽連盟高等学校の部、合同演奏
- 朝比奈隆挨拶(当時、関西吹奏楽連盟理事長)
- 全関西アマチュア交響楽団の演奏
- 大阪府音楽団、大阪市音楽団の演奏
- 大阪府・京都府警察音楽隊の演奏
- 関西交響楽団、関西歌劇団合唱部、アサヒコーラス、会場全員による「蛍の光」
- 神戸新聞会館落成記念関響グランド・コンサート 1956年5月28日午後6時30分開演、神戸新聞会館大劇場 指揮:朝比奈隆、ピアノ:原智恵子 [演奏曲順は不明]
- ベートーヴェン 献堂式序曲
- ドヴォルザーク 新世界交響曲
- ショパン ピアノ協奏曲第一番
- 大栗裕 大阪俗謡による幻想曲(ベルリンフィルハーモニー管弦楽団に捧ぐ)[初演]
そして朝比奈さんのヨーロッパでの演奏会は次の2つ。ウィーンでは、別宮貞雄の作品も演奏していたのですね。「大阪俗謡による幻想曲」は、両方の演奏会で演奏されたようです。(ベルリン6/21演奏会のあとには、朝比奈さんが持参したレオニート・クロイツァーのデスマスクがベルリン市に手渡されるセレモニーが行われました。)
- ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団演奏会、1956年6月5、6日、ムジークフェラインザール大ホール 指揮:朝比奈隆
- 大栗裕 大阪俗謡による幻想曲
- ヘンデル 組曲「水上の音楽」
- 別宮貞雄 雅楽
- ブラームス 交響曲第4番
- ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団第5回「シーズン中交響曲演奏会」(5. Konzert der "Symphonischen Zwischensaison")、1956年6月21、22日午後8時開演、高等音楽院ホール、指揮:朝比奈隆、チェンバロ:シルヴィア・キント
- 芥川也寸志 弦楽のための三楽章
- 大栗裕 大阪俗謡による幻想曲(ベルリン・フィルハーモニーに捧ぐ)
- ペーター・ミーク チェンバロ協奏曲
- モーツァルト ロンド ニ長調 K. 382
- ベートーヴェン 交響曲第4番
朝比奈さんは8月初めに帰国。大阪駅で早速記者会見を開いたあと、次のような帰朝関連イベント・演奏会が行われました。「大阪俗謡による幻想曲」が、京都と大阪で再演されたようです。このうち、最後の8/20の大阪・産経会館の演奏会は、モーツァルトのロンドを省略して、ベルリン・フィルの6/21,22の演奏会のプログラムをすべて再現したものになっています。
- 関西歌劇団メンバーによる「世界の民謡と歌曲、第一回イタリアの夕べ」、1956年8月4日午後6時開演、大阪・三越劇場 [告知記事によると、演奏会後に「ベルリン・フィルハーモニーなどを指揮してヨーロッパから帰国した朝比奈氏の歓迎パーティが三越八階食堂で開かれる」=会費二百円、一般歓迎。]
- 関響第3回国連プロムナード・コンサート、1956年8月7日午後7時開演、京都・円山音楽堂 指揮:朝比奈隆
- ロッシーニ 「セビリアの理髪師」序曲
- ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」
- 大栗裕 大阪俗謡による幻想曲(ベルリン・フィルハーモニー演奏記念)
- ウェーバー(ベルリオーズ編曲) 舞踏への勧誘
- エルガー 行進曲「威風堂々」
- 神戸における関西交響楽団演奏会、1956年8月11日午後6時30分開演、指揮:朝比奈隆、ピアノ:秋元彬江 [会場・演奏曲順等は不明]
- ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」
- モーツァルト ピアノ協奏曲第27番
- チャイコフスキー スラブ行進曲
- ベルリン・フィルハーモニー指揮記念 朝比奈隆帰朝特別演奏会、1956年8月20日午後7時開演、大阪・産経会館、指揮:朝比奈隆、ピアノ:真木利一
- 日独国歌演奏
- 芥川也寸志 弦楽のための三楽章
- 大栗裕 大阪俗謡による幻想曲(ベルリン・フィルハーモニーに捧ぐ)
- ペーター・ミーク ピアノ協奏曲
- ベートーヴェン 交響曲第4番
「大阪俗謡による幻想曲」は、その後1970年に現行の改訂版が作成されるのですが、この改訂版初披露は、私が調べたところでは、7/20の演奏会だったと思われます。(論文投稿後にわかったのですが、当時の「関西音楽新聞」の演奏会告知記事に、今回の「大阪俗謡による幻想曲」は改訂版である旨の記述が見つかりました。)
7/20の演奏会は、大阪万博期間中にフェスティバルホールで開催されていた「万博クラシック」という一連の公演のひとつです。「万博クラシック」では、同じ7月に、大栗裕の歌劇「地獄変」も上演されています。
- EXPO'70 CLASSICS 歌劇「地獄変」3幕5場[再演]、1970年7月8日午後6時30分開演、フェスティバルホール 原作:芥川龍之介、台本:菅沼潤、作曲:大栗裕、指揮:朝比奈隆、演出:茂山千之丞、関西歌劇団、大阪フィルハーモニー交響楽団
- EXPO'70 CLASSICS 大阪フィルハーモニー交響楽団、1970年7月20日午後7時開演、フェスティバルホール 指揮:朝比奈隆、ヴァイオリン:辻久子
- 大栗裕 大阪俗謡による幻想曲 [改訂稿初演]
- ラロ スペイン交響曲
- ブラームス 交響曲第1番
大阪万博では、フェスティバルホールの「万博クラシック」だけでなく、千里丘陵の本会場の展示にもたくさんの作曲家が動員されましたが、現在、把握しているところでは、大栗裕は開会式の「EXPO'70讃歌」を作曲、サンヨー館の展示「日本の四季」にも作品を提供していたようです。
「EXPO'70讃歌」は、大阪万博の公式記録映画を見ると、開会式の万国旗掲揚のときに、若き日の岩城宏之の指揮で歌われているのを確認できます。
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サンヨー館で大栗作品が使われたスペースの様子は、こういうページをみつけました。
http://osaka.cool.ne.jp/banpaku1970/sanyo5sunplaza.htm
万博の記録などについては、機会があれば、いつかちゃんと調べてみたいと思っています。
論文では扱うことができませんでしたが、「大阪俗謡による幻想曲」吹奏楽版が初演されたのは次のような演奏会です。キダ・タローが出演しています。
- 第28回大阪市音楽団定期演奏会、1974年5月30日午後7時開演、大阪・毎日ホール 構成・司会:キダ・タロー、指揮:永野慶作、演出:藤井剛、箏:菊橋元美社中
- 市音でマーチを!
- スーザ 行進曲「ワシントン・ポスト」
- アルフォード 行進曲「ホーリー・ルード」
- ブローン 行進曲「勝利の旗の下に」
- 日本の優れたオリジナル曲[ママ]から
- 川崎優 吹奏楽のための組曲
- 大栗裕 大阪俗謡による幻想曲 [吹奏楽版初演]
- 櫛田朕之扶 吹奏楽のための嵯峨野によせる二章 [初演]
- スペシャル・アレンジによる楽しいひととき
- ビリック 演奏会用行進曲「ブロックM」
- アルフォード 行進曲「ボギー大佐」
- ロータ(岩井直博編曲) 「ゴッド・ファーザー」から「愛のテーマ」
- アメリカ民謡(岩井直博編曲) 駅馬車
- レイ(岩井直博編曲) ある愛の詩
- バリー他(中川昌編曲) 007シリーズ・メドレー
- シフリン(中川昌編曲) 燃えよドラゴン
- E. バーンスタイン(中川昌編曲) 大脱走マーチ
- 市音でマーチを!
その後、「大阪俗謡による幻想曲」は大阪フィル初の欧州公演(1975年)などでも演奏されています。大フィルのベルリンの演奏会では、1956年以来19年振りに、再び朝比奈さんの指揮でこの曲が彼の地に響いたわけですね。
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大栗裕は、1982年4月18日に肝臓癌で亡くなりました。63歳。秋に福島にザ・シンフォニーホールが開館した年です。
同年中に追悼行事がいくつか行われたことがわかっているのですが、最近、この年の末のこういう演奏会のパンフレットを見つけました。
- 神戸コンサート協会・神戸市主催「第九シンフォニーの夕べ」、1982年12月25日午後7時開演、神戸文化ホール大ホール 指揮:朝比奈隆、大阪フィルハーモニー交響楽団、合唱:神戸土曜会合唱団、関西学院混声合唱エゴラド、武庫川女子大学音楽学部、神戸商科大学グリークラブ
- 大栗裕 大阪俗謡による幻想曲
- ベートーヴェン 交響曲第9番
第九演奏会で前プロで「大阪俗謡による幻想曲」を演奏するのは異例だと思います。追悼の意味があったのではないかとプログラムを見たときに思いました。大栗裕が亡くなった1982年の終わりに、この曲を初演した朝比奈隆の指揮で、初演会場とそれほど遠くない同じ神戸市内で「大阪俗謡による幻想曲」が演奏されていたのですね。