音楽教育やアウトリーチに取り組んでいらっしゃる方には、今更何を、という常識なのかもしれないのですが、最近の若い人は、プロコフィエフの「ピーターと狼」やブリテンの「青少年の管弦楽入門」を知らなかったりすることが少なくないようです。
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学校の音楽の授業で鑑賞する、というようなことは、もう行われていないのでしょうか。
それは時代の趨勢だからいいのですが、だとしたら、戦後の一時期、「音楽物語」(語りや台詞のついた管弦楽や小編成合奏の描写音楽、いわばラジオドラマを舞台上演するような形態)をさかんに制作する団体があったことは、当事者・団体があるうちに、情報を整理しておいたほうがいいのではないか、という気がしています。
とりあえず、大栗裕は、大半がマンドリン・オーケストラ用ですが20曲以上の「音楽物語」を書いているので、なんとかしなければと思っています。
ちゃんとやれば、音楽学の卒論・修論・博士論文に格好のテーマだと思うのですが、誰かやりませんか?
以下、必要があってまとめたレジュメを載せます。
とりあえず、これくらいの文脈を押さえておけば、音楽物語現象の音楽史・演劇史・芸能史の上での位置づけ(論文を作るときの「序論」で考察しておくべきであるような)は大丈夫ではないかと思います。
あとは、特定の作曲家なり演奏団体なり鑑賞団体なりの概略を記述したら本論(各論)に入れるはず。
問題は結論ですが、
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例えば、「世界音楽の本」の「声と歌」の章で、「かたる・となえる」の項目を担当した中国語り物芸能の専門家、井口淳子先生が、下のレジュメの1.にまとめたような世界各地の伝統的な叙事詩や語り物を概観したうえで、こんな風に書いていらっしゃいます。
しかし、残念なことにこういった「かたり、となえ」の文化は終焉のときをむかえつつあるといわれて久しい。口承文芸のなかに数えられるこのような語り芸が、口頭性が優位であった世界の終息とともに、その役割を終えたという主張がある。たしかにわが国をみても、平曲やその他の伝統的語り芸はもとより、比較的新しく興った講談、浪花節や民族的な語り芸も、それらを支えてきた社会や文化の様態がはげしく変化するなかでもはや「無形文化財」のように保護しなければ消滅するのではないかという声がある。しかし、本当にかたりやとなえの文化は消え去っていくのであろうか? われわれはそう簡単に、口から口へとみずからの「声」を発し、とどける営みを手放すのであろうか?(85頁)
戦後の音楽物語は、ここで指摘された伝統的な「かたり・となえ」芸とそれを支えた場の変化と平行して、それと入れ替わるように、学校や放送、新種の演奏・鑑賞団体を背景に出てきた「戦後特有の語り芸」であったと位置づけることが不可能ではないように思います。
民話劇による下からの啓蒙とか、語り継ぎたい戦争の記憶とか、戦後日本には、「口から口へとみずからの「声」を発し、とどけ」たい物語があったし、音楽物語が、そうした欲望の受け皿になった時代があったということなのだろうと思います。
(たとえば大栗裕の音楽物語の題材は、民話・昔話から、ザ・語り物というべき平家物語、「きけわだつみの歌」までをカヴァーしています。
[追記 大栗裕と彼の音楽物語については、こちらからいろいろリンクをたどっていただければ。http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20091114/p1 )
さらに言えば、そのような戦後の「語りの欲望」の原点として、あの1945年の夏にラジオ放送された「声」を想定してもいいかもしれません。敗戦という大きな物語が「声」で表象されていた時代に、新時代のメディアや思想や組織は、無数の小さな声の物語を着実につむいでいた。それが音楽物語であった、と。
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これで、序論と結論の目星はつきました(笑)。
本当に、誰か「音楽物語」を研究してみませんか。好き嫌いは別にして、とても「戦後日本」っぽい現象だったと思うのですが。(あるいは、既にどなたか着手していらっしゃるのでしょうか?)
ちなみに、プロコフィエフ「ピーターと狼」の日本初演は、『名曲解説全集』によると、1947年東京交響楽団で、指揮者は近衛秀麿、語り手は山本安英だったそうです。このラインナップはとても興味深いと思いますし、どういう経緯で実現したどういう演奏会だったのかを調べるだけでも、色々と話を広げるヒントが出てきそうな気がします。
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●音楽物語の歴史的背景
1. 文学:叙事詩(物語詩)
- 古代ギリシャのラプソーデ(=吟遊詩人、ホメロスなど) → ♪リストのハンガリー狂詩曲 (『音と言葉』所収の伊東信宏先生論文あり)
- 中世日本の琵琶法師 → 兵藤裕己『琵琶法師』(岩波新書)
- 東アジアの語り物 → 徳丸吉彦他編『世界音楽の本』に井口淳子先生が執筆
- イギリスのバラッド → ♪ショパンのバラード
*日本で音楽物語がさかんに制作された戦後の「中学校・音楽」では、シューベルト「魔王」(大木惇夫・伊藤武雄の新訳)が共通教材だった
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2. 演劇:宗教劇・メロドラマ・オペレッタ
(参考:アラン・ヴィアラ『演劇の歴史』(文庫クセジュ))
- キリスト教会における歌・説教・物語 → ♪オラトリオ
- 19世紀フランスのロマン主義メロドラマ(音楽を背景にしたせりふ芝居) → ♪ベルリオーズ「レリオ」(1832)
- オペレッタ → ♪オッフェンバック「天国と地獄」(1858) *「世論」役が登場
*世界各地の「歌芝居」についても知っておくべきかもしれない
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3. 前衛芸術における音楽と話し声
- 音楽会で「おしゃべり」はタブー(この傾向が強まったのは19世紀末以後では? 参考:渡辺裕『聴衆の誕生』など)
- 音楽に話し声を導入するのはタブーへの挑戦か? 参考:ギーゼラー『20世紀の作曲』
♪シェーンベルク「ワルシャワの生き残り」(1947)
- 「話し声Sprechstimme」の導入、表現主義、自律的な音楽美よりも「真実」を!
- 「グレの歌」第2部(1910年頃)や「月に憑かれたピエロ」(1912)との関連
♪ストラヴィンスキー「兵士の物語」(1918)
- 旅芝居の復権、ロシア民話にもとづく一連の作品、新古典主義、前衛演劇との関連
♪プロコフィエフ「ピーターと狼」(1936)
- モスクワ中央児童劇場のナタ−リャ・サーツから着想? 左翼啓蒙音楽劇の起源?
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4. 20世紀の放送メディア → http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20090731/p1