前のエントリーの続きです。
八尾にいた1月のあいだ、次から次へと「見事に負けた人と国」を称揚する本ばかり読んでしまったのは、弱音を吐いたらとても続かない看病・見舞いの日々との心のバランスを無意識のうちに保とうとしていたのかもしれませんが(←やや後付けの説明)、
宮澤淳一さんのグレン・グールド論を茨木の書棚から持ち出し、シヴェルブシュ『敗北の文化』のあとで、読み返していたのでした。
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宮澤淳一さんが素描する「グレン・グールドのカナダ」は、アメリカ合州国という押しも押されぬ大国、国際社会の「主要国」(ドミナント)の上(北)にちょこんとのっかる地域であって、北極圏を抱える苛酷な自然のなかで、ヒトが「隔絶」されており(=isolation、宮澤さんは「隔絶」が「孤独 solitude」とは違うのだ、ということへ注意を喚起する)、そこには「駐屯地精神」が醸造されていると言います(←「隔絶」された「駐屯地」のイメージは、言うまでもなく、コンサート引退後のグールドが録音や放送のスタジオにこもって、編集にいそしむ人だったのと関連づけられています)。
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そうして、南の大国を常に意識しながら北の駐屯地にこもるカナダのメンタリティは、いわば最初っから「負け確定」なのであって、「勝利」を目指すのではなく、「生き残り」を目指すサヴァイヴァー的なものになる、と宮澤さんは言います。
(グレン・グールドのバッハ理解やレパートリーや演奏スタイルは、死後30年経った21世紀の現在から見ると、第二次大戦後の最先端というよりも、意外に「後期ロマン派的」なものを色濃く残して、まるで20世紀前半の「巨匠時代」の遅れてきた生き残りに見える。そのあたりは、どこかしら、20世紀前半の巨匠の息子カルロス・クライバーとかぶるところがあるかもしれません。)
でも、マイナスの札を全部集めてプラスへ変換するみたいに、「負け確定」な「生き残り」戦略は、激烈な「超越」への希求へ至るものであるらしい。
(そして宮澤さんの本はそこまで論が到達してはいませんが、おそらくその先に、グレン・グールドの「エクスタシー」問題があるのでしょう。)
本当に見事な見取り図で、なるほどこれだけ書いたら、関東大震災を生き延びて小樽で中学時代を過ごし、第二次大戦を役所勤めでしぶとく粘って、戦後グレン・グールドを「発見」してレコード評論の足場を固めた人であるところの吉田秀和が膝を打って誉めるだろう、「もうグールドのことはキミに託す」と安心したに違いないと思いました。
(おそらく、雪の金沢出身の「あの人」がグールドでエクスタシーな感じなのも、方向は同じことなんでしょう、たぶん。)
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さて、そして一方のフランスですが、どうやらこの国のことは、前のエントリーにもちょっと書きましたが、1870/71年の普仏戦争敗北のところをちゃんとトレースしないと、あの奇妙にねじれた感じを上手くつかめなさそうな気がします。
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シヴェルブシュを読んだだけでも、敗戦直後はカトリック教会やロイヤリストが共和派と拮抗する勢いだった、とか、様々な思惑から、この時期に「聖処女ジャンヌ・ダルク」の「神話」が「創られた」らしい、とか、色々出てきます。
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(戦後日本のオペラ好きの間でオネゲル「火刑台上のジャンヌ・ダルク」が不気味なほど人気だったようなのですが、ジャンヌ・ダルクというアイコンには、「敗戦国」にプライドを呼び覚ます作用があったのかもしれませんね。敗戦国イタリアのネオレアリスモのロッセリーニが、イングリット・バーグマンとラブラブだった頃に映画化してますし。)
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しかも文化史「つくられた説」セクションの人たち(←それが「構築主義」というやつだ、ということも私は既に学んだぞ(笑))の間では、
世紀末フランスにおける「創られた中世」(主に建築の話らしい)とか、
1880年代以降の「古い音楽」復興の動きとその結末(第一次大戦後の新古典主義へ至るような)を「進歩」概念との絡みで論じる、とか、
そういうのがあるようです。
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大づかみに言って、
- ラモーこそがバッハの対抗馬となる「フランスの古典」である
とか、
- カトリック国フランスのエクリチュール教育こそがパレストリーナの厳格対位法を正統に継承している
とか、
というのは、「敗戦国フランス」が精神・文化においては今も昔も「ヨーロッパの中心」なのだ、と言い張るための道具立てとして、この時期に大急ぎで考案・整備された論調である可能性が高そうです。(少なくとも、そのような見込みで、この時期のフランスのナショナリズムは、「つくられた説」の格好のターゲット、草刈り場になっている気配があります。)
で、何が言いたいかというと、おそらくこれが「日本におけるフランス派」のエクリチュール礼讃部門のメンタリティの出所なんだろうな、と思われます。
池内友次郎とか、明治で「負け組」になったお侍さんの末裔が「文化で勝つ」ことを志したときに、フランスのナショナリズムは格好の心の拠り所となり、しかも、「偉大なるパレストリーナの直系」(自称だが)という血統書つきのメチエが漏れなくついてくるのだから、パリのコンセルヴァトワールは素晴らしい、これぞ西欧の大権現・東照宮の本地である、みたいなことになったのでしょう。
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……こういう臥薪嘗胆系のカトリシズムは、十字架上のイエスの心臓からしたたり落ちる鮮血のイメージとか、謹厳な聖職者が、日々むち打ちをして、実は背中がキズだらけだったりするんじゃないか、とか。
「痛み」を心とカラダへ刻み込む感じがあって、わたくしには、コワゴワとのぞき見ることしかできませんが、
オプス・デイ……。
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「日本におけるフランス派」をズケズケと語る岡田暁生も、このあたりへは踏み込まない。彼にも踏み込めない「一線」があるということか……。
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でも、金沢の「あの人」は、同時にこっち系統にものめり込んでいるみたいなので、いやあ、比喩ではなく筋金入りなんだろうなあ、と思うのです。
やや、シャレにならない感じがします。
(そして西村朗が、藝大時代を振り返って「フランス系は体質に合わなかった」と言い、杉浦康平のチベット・マンダラの人になったのは、何か相当追いつめられた選択だったのではなかろうか、と想像したりするのです。世間がオカルト・ブームに涌く1970年代に、東京藝大作曲科という「サティアン」では、いったい何が起きていたのか?!)
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