ダーク・ツーリズム

東  前提となる立場や認識が共通でないと、コミュニケーション自体が成り立たない。つまり、異なる立場や少数派のものの見方は、話題にものぼらなくなってしまうということですね。

宮台 ええ。この忘却癖に抗うには、「福島第一原発の観光地化」も不自然なアイディアではありません。原爆ドームの前例もあるし、むしろ必要じゃないかと思います。それがどんな種類の問題であれ、忘れてしまわない限りは議論を続けられるからです。議論が途絶えることは、再び〈フィクションの繭〉に閉じ込められることを意味します。

複雑な現実が浮かびあがる方向——宮台真司×東浩紀 【前編】|欲望される現実へ——チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド発刊記念対談|宮台真司/東浩紀|cakes(ケイクス)

わたくしが社会学のお勉強をしはじめるきっかけにもなった、最近気になる東浩紀がスパークしてますね。

チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1

チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1

  • 作者: 東浩紀,津田大介,開沼博,速水健朗,井出明,新津保建秀,上田洋子,越野剛,服部倫卓,小嶋裕一,徳岡正肇,河尾基
  • 出版社/メーカー: ゲンロン
  • 発売日: 2013/07/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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ダーク・ツーリズム。「災い転じて福と成す」の精神は、文化の重要な役割ではないかと思います。こんなところに唐突に名前を出すと、また迷惑がられてしまうかもしれませんが(笑)、音楽史におけるワーグナー/ワグネリズムは、世紀転換期を黒雲のように包んだ、まさしくダーク・マターなわけで、吉田寛先生の現在進行形の三部作は、音楽理論史におけるダーク・ツーリズムの試みであると見ることもできるはず。同じ時代に同じ学校を出たお二人が、期せずして同じ時期に同じような仕事をしてしまっていることを指して、同時代性と呼ぶのは、あながち的はずれではないかもしれません。

(なお、読んだ人に誤解の余地はないと思いますが、「ダーク・ツーリズム」は、ローカルな営みを観光・見世物にして荒稼ぎするアコギな観光業者を指弾する、という暴露ジャーナリズム的な正義のお話ではなく、むしろ、歴史の暗部をタブーにすることなく観光化して局面打開を図ろうという提案で、観光学などでも既に議論の蓄積がある考え方であるようです。

「ダーク」+「ツーリズム」という語の並びだけで慌てて内容を決めつけてしまわないよう、ご注意くださいませ。

また、著者たちの意図がわかったとしてなお、本書でも繰り返し強調されているように、本来これは25年かけてようやく落ち着くような、長い時間がかかることを覚悟して取り組む話だと思います。そしてそのように腰を据えて取り組むべき案件の扱い方として考えたときに、先の選挙の結果を受けての世相といった移ろいやすい気分を捉えて訴えるのが、いいことなのかどうなのか、考え方が分かれる可能性は残るし、本書にレポートされているツアーが、現地でどのように位置づけられているタイプのものなのか。広島の施設みたいなものがある、とまでは言えなさそうだし……。四半世紀先を見据えた議論の出発点と考えたときに、六日間の取材旅行というのは、手法がゲリラ的すぎるかもしれません。

特定の見方に凝り固まらないためのカンフル剤として、今のタイミングで読んだ人を強く揺さぶる企画だとは思いますが、本書だけをもとに決定的な判断をするのは、ちょっと性急かとは思います。)

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[以下、事情により一部削除]

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いずれにせよ、私としては、ホテルと音楽ホールのアナロジーがもし成り立つとしたら、音楽観賞と観光・ツーリズムの類似を検討してはどうか、という考えが自ずと導かれるはず、ということを考えたい。観光社会学とか観光文化学と銘打つ本などを軽く調べていたところでもあったので、ツーリズムという視点に興味を惹かれ、なおかつ、音楽観賞も観光も、必ずしも明るく楽しいことだけを求めるのではない可能性を視野に入れる余裕を、私たちは少しずつ持つ(もしくは取り戻す)頃合いではあるかもしれないと思い、我が意を得た思いだったのでございます。

わたくしに関わることとしては、大阪の音楽と音楽家を「観光」コンテンツとしてパッケージングすることの是非、あたりが焦点になろうかと思っていますが……、

(現在の諸々の出発点からもしれない1970年代は「ディスカヴァー・ジャパン」「いい日旅立ち」の日本国内観光再発見の時代であり「地方オペラ」の時代、上方の影響を断ち切った東京言葉の大正世代が文化のヘゲモニーを握ったのも1970年代:http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20120128/p1。)

ただしそれはまた、大きな話なので次の機会に。