ラ・ボエーム(びわ湖ホール)

[2日目を観た感想を後半に追記しています。そして神奈川県民ホール公演が終わった3/28、最後にさらに追記。]

プレトークに出させていただいた公演の本番初日。

ベルリンから持ってきたアンドレアス・ホモキ演出は、冒頭では文字通り浮浪者として路上(もはや屋根裏部屋ですらない)で生活しているボヘミアンの男達が、ミミやムゼッタと別れた後に成り上がっていて、瀕死のミミも、彼女を連れてきたムゼッタも冷たく見捨てられてしまう、という設定になっていました。

プログラムにある小倉孝誠さんの解説によると、19世紀前半パリのボヘミアンの男たち(学生や芸術家の卵たち)の一部は実際にそんな風にブルジョワへ成り上がったらしく、一方で、お針子の少女たち(グリゼット)の一部は、貴族やブルジョワに囲われる生活へ移行する(そういう女性は「ロレット」と呼ばれたのだとか)ことがあったようです。

ミュルジュの原作でも男たちは真っ当な市民生活へ戻りますし、女の子たちがグリゼット(手に職を持つ)とロレット(身売りを辞さない)の境界線上にいることが、プッチーニのオペラよりはっきり描かれています。その意味では、プッチーニを飛び越えて、ミュルジュの原作と現代のストリートの若者風俗を直結させた演出と言えるかもしれません。

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こういう演出になることは、(既にベルリンで上演されたプロダクションですし)事前に伝え聞いていたのですが、実際の舞台を観ていると、「原作に忠実」ということよりも、「プッチーニ外し」、ベタベタのメロドラマ色をほとんど憎悪するかのように追放する意図を感じました。

第1に、全体を通して上演することで(途中で幕を下ろすこともなく、完全なアタッカで全幕を連結して演奏されました)、それぞれの情景に没入するより、各情景のコントラストが強調される。臨場感満点で次の展開に一喜一憂する余地がなく、淡々と映し出される写真スライドやビデオクリップを眺めているみたいでした。

(上演時間はノンストップ1時間50分で、ほぼ映画一本分の長さですし……。)

第2に、テンポの設定も無駄に停滞することなく、「ここが泣き所/拍手喝采ポイントです」と過剰な目配せすることもない。(昨年の「トゥーランドット」からこの傾向はありましたが。)

イタリア・オペラっぽい(と通俗的に思われている要素)を閉め出すスタイルが徹底していて、演出・設定は、そのような施策を正当化する綱領のようなものとして機能しているように見えました。

典型的なのは3幕の幕切れ。

第1幕の最後に二人一緒で舞台上手へ退場したミミとロドルフォは、第3幕の最後で「別れましょう」ということになると、今度は下手と上手に別々に退場して、最後の一声は舞台の左と右の裏手からステレオ状態で聞こえてくる。カップルの「分離」が、左と右への分離として、空間的・音響的に定位されていました。

しかも、第2幕以来、舞台中央には大きなクリスマスツリーが立っていて、左の世界と右の世界の間は、二人が別れ別れになったことで、真っ直ぐな縦線、見えない壁で隔てられているように思えてくる。二人が抱き合って退場して情に訴えるのではなく、まるで空間に幾何学図形を描くように設計された演出でした。

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ところで、プッチーニの「ボエーム」の女性二人、とりわけ、カラダを張って男を振り向かせたり、大衆酒場を切り盛りしたかと思うと突如激昂してマルチェロと大げんかしたり、親友が死にそうになると「おおマリア様」と十字を切ったりするムゼッタの人物像は、パリジェンヌというより、イタリアの世話女房風だと言えそうな気がします。

そして「19世紀の首都」パリを「新世紀のメトロポリス」ベルリンの演劇モードで解釈した結果、まるでそれが必然の論理的帰結であるかのようにイタリア女が切り捨てられてしまう、という展開は、まるで、独仏両大国が、EU経済のお荷物イタリアを冷酷に見捨てているように見えなくもない……。

ホモキ自身はハンガリー系らしいので、女性たちを切り捨てる男の姿(アルプス以北の価値観でイタリア的な情を切り捨てる舞台)は、マイノリティあるいは周縁的なものを前景化する一種の問題提起だろうとは思いますが、

ジェンダー論としても、文化論として考えても、問題の組み立て方が特殊ヨーロッパ的に思われ、ベルリンでは挑発として機能しても、日本で観るとピンと来ないところがあるなあ、と思いました。

(そういえば、クリスマスにもみの木を飾り付ける風習はドイツ発祥でドイツ移民がアメリカに広めたらしいですが、そのもみの木が第2、3幕で屹立して、男たちが鬼畜な振る舞いをする第4幕後半でもみの木が倒れるのですから、やっぱりこれは、ドイツでやってこそ意味がある演出ですよね。)

すっきり首尾一貫した舞台・演出なのですが、賢すぎてとりつく島がない、という感じでしょうか。

(余談ですが、私は、プッチーニのオペラのヒロインを「お涙頂戴」、「冬ソナ」風のいじらしい女たち、と単純に括ることはできないだろうと思っています。トスカや蝶々夫人には、ある種の芯の強さがありますよね。これに先立つ「ボエーム」のミミや、遺作「トゥーランドット」のリュウも、この二人の強さを視野に収めて考えなければいけないように思います。プッチーニのオペラには、男性秘密結社フリーメイソンのモーツァルトとは別種の、でも同じように丁寧に読み解かれるべき「恋愛哲学」がありそうな気がします。)

恋愛哲学者モーツァルト (新潮選書)

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[追記]

今回は2日目も見せていただきました。初日と随分印象が違ったので、そのことを踏まえて追記。

初日が、舞台をテレビ画面風に四角く区切った演出のサイズに合わせるようにこじんまりした印象だったのに比べて、2日目は、特に女声の二人が声を張って歌って、メリハリのある舞台になっていました。ひょっとすると、初日のほうが演出意図を律儀になぞっていたのかもしれませんが、オペラ公演としては2日目のほうが収まりが良かったように思います。

(京都市交響楽団は、2日目最初のあたりで多少もたつきましたが、両日とも公演。薄く浅い色調の音作りに真摯に取り組んでいて、こういう音楽では、今の京響は大フィルやセンチュリーより上かもしれません。)

3幕の最後は会場全体がシュンとした気分で集中していましたし、4幕の終わりは、すすり泣きも聞こえる状態。初日はやや醒めた雰囲気だったのですが、2日目は、お客さんもお芝居に入り込んで観ていらっしゃるようでした。

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ただし、どうやらこれは、ホモキ演出の狙い(男たちは、女性を踏み台にして身勝手にのし上がる!!)が賛同を得たというよりも、ひたすら「ミミは死んでしまって可哀想」ということであったようです。

ボワ〜ンと金管の一撃でミミが息絶えたところで(この箇所をこれみよがしに吹かせずに、こもった音に抑えたのは今回の演奏の好判断と思います)、客席のあちこちからスイッチを押されたようにすすり泣きが聞こえてきました。

そのあとロドルフォが逃げ出して、マルチェロがムゼッタの懇願を振り切って駆け去る演出の眼目の箇所は、すでに滂沱の涙で、ほぼ誰も観てない状態。ミミが死んだところでドラマの決着が着いて、お客さんは既にカタルシスを得てしまっているので、あとの幕引きはどうでも良くなっているようでした。(不注意なお客さんが悪いというのではなく、劇場には、政治と同じで、こんな風に個人の意志でどうにもならない「波」が起きることがあるし、そこが劇場の醍醐味でもあるだろう、ということです。)

気がつけば、雪景色のなかにミミの亡骸とムゼッタだけが取り残されて終わるわけですが、ここは、「マノン・レスコー」終幕の新大陸の荒野への逃避行みたいな絵ヅラになっていました。これからはいいかげんな男に頼らず、自分の力で生きていく、そんな女性の自立の物語の雰囲気。ミミの死と、この最後の絵を直結することで、女性の共感の渦が巻き起こる、2日目の客席はそんな感じだったように思います。

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想像ですが、ドイツの劇場でそれなりの歌手が主役を歌えば、舞台の雰囲気はこの2日目に近くなるのかな、という気がします。演出が設定や何かを取り替えても、タフな歌手の皆様は、そんなことを気にせずにガンガン歌いきってしまって、お客さんは、何事もなかったかのように、歌手たちの熱演に拍手を送る。そしてごく一部のマニアックな常連オペラ・フリークの人たちだけが、今度の演出はどうだったetc.ということをロビーの片隅で語り合っている。いわゆる「読み替え」演出は、そんな構図のなかに棲息しているのかもしれないな、と思いました。

日本に持ってくると大仰な売り込みがかかりがちなわけですが、「読み替え」は、もとはといえば経費節減のために舞台と衣装を簡略化したところからはじまったようですし、別にオペラ界を震撼させる革新的なムーヴメントではない。(戦後復興期のヴィーラント・ワーグナーとか、最近の「読み替え」とか、概して、劇場経営が苦しくなると舞台は簡素にあり合わせの材料でやりくりするようになり、レーガノミックスの80年代のように景気が良いときは、時代物をじっくり作り込み、舞台が豪華になる。「読み替え」はそんな景気動向の一局面に過ぎないのかもしれません。)

大多数のお客さんにとってはどうでもよくて、いわば、大多数から相手にされていないがゆえに放置されている消極的肯定(お金がないので、他にこれ、という代案も出せないし……)に過ぎないのかもしれませんね。

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そういえば、びわ湖のホモキ演出第1弾、一昨年の「バラの騎士」も、元帥夫人が最後に独り立ちする設定になっていました。これは、さほど抵抗なく受け入れられていた記憶があります。

さらに遡って、開館から9年続いた若杉時代のヴェルディ・シリーズでも、鈴木敬介さんの演出は、女性だけの艶やかな場面になると俄然盛り上がる傾向があったように思います。

世界的に良いテノール歌手は数が少ない、とか、日本人中心でキャストを組むとどうしてもソプラノ優位になりがち、といった事情もありそうですが、びわ湖ホールは「女のドラマ」と相性が良い、という経験則が成り立つかもしれませんし、それなら最初からそのつもりで、企画を立てることだってあり得るかも。

(プレトークで嬉々としてピアノを弾く沼尻さんの姿はどこかしらカワイイ。母性本能をくすぐりそうですし……。)

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例えば、「サロメ」や「ルル」はウィーン世紀末芸術の観点から盛り上げる企画がありました。そして今回の「ボエーム」のプログラムでは、岡田暁生さんが、「プッチーニはイタリア・オペラの印象派である」と説き起こし、「ロッシーニはシューベルトなど初期ロマン派と同時代」、「ヴェルディはワーグナーと同時代」等々というように、20世紀芸術論の基礎教養であるところの様式史観にイタリア・オペラを回収する図式を提示していらっしゃいます。

音楽・芸術の様式展開という議論は、「天才」概念とワンセットだった19世紀のユートピア的な「芸術の自律」論を20世紀にふさわしく改良した考え方と言えそうです。

「様式」は、服装のはやりすたりがそうであるように、誰が仕掛け人とは特定できず、特定の主体に還元されない現象です。そこに着目することで、芸術論は大衆社会時代にふさわしい、匿名的で表層的な領域に移行しました。様式論は、芸術論における20世紀モダニズムです。

しかも、「様式」は、いつのまにか生成するうたかたの夢、表層的な現象であるにもかかわらず、時代や地域の集合無意識的なものとして様々に解釈することが可能であり、議論好きのインテリを満足させる特性を備えています。

「様式」論は、19世紀流の「芸術」を愛し、なんとか20世紀にこれを延命させようとする西洋男性ブルジョワ教養市民にぴったりの着眼点だったわけです。

日本では、実際に古今東西の芸術品が集まっている上方の京大系美学・芸術学は、芸術様式論の牙城だった印象があります。床の間の掛け軸を眺める町衆の趣味は、「芸術」の「様式/スタイル」を「美的に鑑賞する」態度、ヨーロッパ流のダンディズムと相性が良かったということかもしれません。

でも、20世紀の芸術学の勘所であった「様式」論が、21世紀もそのままで行けるのかどうか。

(しかも、音楽における様式論は、古典を古代ではなく18世紀に割り当てるというように、本家本元の数千年規模で論じられる芸術様式史に比べて、せいぜい18,19世紀のわずか二百年の主として器楽の歴史をカヴァーしているに過ぎず、大幅にスケールが圧縮されたミニチュアなのですから、他人様に大いばりで語るようなものではないはずです。

ちょうどポピュラー音楽(ジャズなど)に歴史のダイナミックな展開があると口角泡飛ばして語る関係者をクラシック関係者がせせら笑うように(最近はそういう人は少なくなりましたが)、音楽における古典的なものとロマン的なもの、ということを大上段に語る音楽様式論は、エジプト文明の象徴性やギリシャ彫刻の古典性から説き起こす美術史や文学史から、鼻先でせせら笑われても仕方がないところがあるわけです。

欧米の美術館にはしばしばエジプトやローマの遺跡を再現した展示があり、「古典」概念を「古代」と結びつけるのが本来で、18世紀が古典であるなどというのが底上げされた議論なのは明らかですから……。

音楽家が教養小説などでしばしば奇矯な人物にカリカチュアライズされるのは、このように自分たちが関わるジャンルのことを針小棒大に語る手前勝手なメンタリティに音楽家がどっぷりつかっているのが原因のひとつでしょう。

イタリア・オペラが面白いのは、20世紀の芸術音楽論が整備してきた様式展開史観に押し込めようとしても収まりきらないところがあるからだと思います。)

もちろん、由緒ある書画骨董を収蔵・陳列して公開するのは、パブリックな美術館・博物館の大切な機能ですが、劇場は、動く美術品を陳列する美術館・博物館の一形態なのか、舞台上で起こるイベントが人々の関心を集める動因には、もっと別の側面があるのではないか。

昨秋の「ルル」終演後に、「歴史的には意味があるものなのだろうねえ」とつぶやくお客さんがいらっしゃって、そんな風に納得するのが、「芸術様式論」的には「正しい」わけで、びわ湖にいらっしゃるお客様は、そうしたことをよく理解していらっしゃる立派な方々だと思いますけれども、

そのような「正しさ」への納得だけでは歌手は奮起しないし、客席全体がドーっと動く共感の「波」は巻き起こらないわけで、劇場を切り盛りするには、その見極め・采配が問われるのでしょうね。

(例えば今回の舞台は、「読み替え」とかそういう頭のリクツはさておき、ヴィジュアルがすっきりしていて、照明は舞台上の人と物を柔らかくライトアップする役目に徹していて、そこが、殺伐としたストリートでありながらもヨーロッパのクリスマスの雰囲気を作っていたと思います。クリスマスは、蝋燭の柔らかい光に辺りの光景がほんのりと浮かび上がる夜の祝祭ですから……。

そしてこれは、昨年の「トゥーランドット」の、ヘビメタ的に直接光がギラギラする「俗流近未来」の照明(下品!)とは全然違っていました。泣ける芝居になり得たのは、そういうムード作りの違いも一因だったかもしれません。)

そういう意味でも、客席をドーっと動かす何かのことを、「お涙頂戴」の一語に押し込めてしまうだけではダメだろうと思うのです。

メロドラマ的想像力

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大江戸歌舞伎はこんなもの (ちくま文庫)

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[3/28さらに追記]

神奈川での上演への東条碩夫さんの感想 http://concertdiary.blog118.fc2.com/blog-entry-699.html

後出しで他人の感想に乗っかるのは行儀の悪いことだと承知はしておりますが、

最初から最後までただ無意味に両手を拡げたり振り回したりしながら暴れ回るだけの単調な演技

は、びわ湖の上演(特に2日目=神奈川初日の組)でも気になっていました。

ただ、ホモキは演技指導も細かいと聞いていたので、こういう風にやらせて、それでいいと思う人なのか、と深く突っ込まずにいました。

コーミッシェ・オーパーの人たちのほうがはるかに上手い、というのはあり得ることかもしれませんね。

言われてみれば、一昨年の「ばらの騎士」のほうが、段取りが細かくあり、芝居は緊密だったかもしれません。あの時のほうが指導が念入りだったということでしょうか……。

私は新劇で神格化されたスタニスラフスキーや、アメリカ映画のいわゆるアクターズ・スクール的「演技派」が良いとは思いませんが(だから松田優作が偶像視されるのも、いまいちよくわからない……)、

演劇的身体を作り上げるのが単なる「型/様式」ではない技術だということ。そして20世紀の演劇が、本来「型/様式」のない散文的な領域とみなされてきた日常の行為から芝居を組み立てようとしたのは、調性の外へ飛び出して音楽するのと同じくらい挑戦的なことだったのではないか、と最近思うようになりました。

たぶん、前衛演劇だけでなく、いわゆる「新劇」のリアリズムも、演劇的身体の在り方としては相当モダンなことで、場当たり的にやっても出来ないだろうと思います。

そのあたり、オペラの現場ではどのように受け止められているのでしょう。

スタニスラフスキー入門

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演技ー創造の実際―スタニスラフスキーと俳優

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