『中国化する日本』の10ヵ月前に出たこの本は……

圧倒的な量の情報が抑えた口調で綴られていて、同じ著者が10ヵ月後に『中国化する日本』を出そうとは、たぶんこの時点では予想できなかったのではないかと思える本でした。

文体を使い分ける人というか、ほぼ別人格。同じ話を別様に、別のターゲットに向けて書いているといえば確かにそうかもしれないのですが……、何なんだこの人は。

帝国の残影 ―兵士・小津安二郎の昭和史

帝国の残影 ―兵士・小津安二郎の昭和史

でも、どっちも内容は同じ。純文学と大衆文学で同じ話を同時に二通りに書いたような感じですね。

緻密な議論は西洋人に任せて、少し遅れて翻訳したり、その骨子を要約するだけで済ませて、あとは、楽しい読み物だけを書いて暮らす。美学や音楽学は、油断するとそういう片肺飛行になりがちだという印象があります。

そういうことではない、と言えるようになっているんですね。

終盤に向けて「中国化」を連呼するところも同じ。

そして「関西という東国ではない文化圏」(http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20120226/p1)については、大衆小説風の中国化本ではなく、こっちの純文学風の小津本に出ておりました。