補足:音量・音圧と聴いた印象

あるいは、ある特別な奏法を試そうとして、メロディーパートはこういう感じ、伴奏はこんな感じ、と弾き分けさせようとするときには、それらを組み合わせたときの相互の関係はどうなっていて、両者が関係しあうことで生まれる妙味がうまく伝わるようにバランス調整されているか、という課題が生まれる。

と書いたときに、

全体の音量・音圧がほぼ同じで、それほど無神経にばかでかい音を出しているわけではないとしても、個々のパートをどう組み合わせるか、演奏の「密度」や「解像度」で聴いた印象が変わる、というのを書き忘れていた。

音が混ざり合わないように注意深く演奏する、というのをやりすぎると、音が小さいわけではないのに、どこかしらスカスカで萎縮した演奏に聞こえることがあるし、

反対に、大事なパートを覆い隠してしまう感じに特定の本来あまり表に出なくていいはずのパートが目立ってしまっていたりすると、デリカシーを欠き煩わしい感じがして、無神経で音の大きい演奏を聴かされているかのような気になったりする。

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あと、日常生活でも、話に夢中になると、つい周囲の目を忘れて熱くなってしまう(ひょっとしたら、かなり声を荒らげてしまっていたかも(汗))ということがありますが、

演奏上の問題を抱えていたり、特別な注意を払う必要のある箇所では、そっちへ気がいって他がおろそかになることは、プロの演奏でもあり得る。

そしてそういう状態は客席からわかることがあるし、場合によっては、敢えて特定のポイントに聴き手の注意を集めるために、そのように仕組む・演出することすらある。「今なにか凄いことが起きたような気がするのだけれど、あれは何だったんだろう」という瞬間が、自ずと生み出されたり、意図的に創られたりするわけです。

例えば先般のアルカディアQは、美しいハーモニーが売りのグループだけれども、ベートーヴェンの冒頭では、いきなり出てくる苦しげな主題を弾くパート(最初は無伴奏の第一ヴァイオリンで、そのあと他の楽器が順にこれを弾く)を和音の下地からくっきり浮き立たせて、お客さんの関心がそこに集まるように、ほとんどそれだけしか記憶に残らないように、特別なバランスで演奏していた。室内楽としては異例だけれども、この局面では、そうやってお客さんをいきなり引っ張りこむことでその先の展開を有利に進める効果的な「場合の手」だったと思う。

で、これは特別な曲の特別な瞬間だからうまくいったわけだけれども、妙にデコボコして落ち着かない演奏が展開されて、よく観察してみると、どうやら何か「困った問題」が起きているらしい、と客席からわかる場合もある。

合わせるのが難しい箇所で、なおかつ、リーダー役が混乱を助長しかねないアイデアを持ち込むものだから、とりあえず小節の頭・フレーズの出だしだけ見落とさないようにしようと、それくらいしか対策がなくて、その結果、小節の頭にやたら強烈なアクセントが付いてしまう。(おかしなことだが、もう、こうするしかないの!)

そうしてもがき苦しみながらも、しばらく行くと、低音が安定したリズムを刻む箇所にたどり着いて、これとコンマスの合図があれば、どうにかアンサンブルを立て直すことができそうだ。一安心。この曲は、あとで、さっきの難所をもう一回繰り返さないといけないのだけれど、2回目は、いまここで作ったテンポを全員がしっかり頭にたたき込んでおいて、周りで何が起きようとこのテンポを維持するつもりでやれば、きっと合奏が崩壊せずに乗り切れる。よし、繰り返しが来たぞ、いけ、……大成功!

みたいなことがありうる。

客席で聴いていると、こういう演奏では、同じ箇所の繰り返しが、1回目と2回目ではテンポも印象も随分変わってしまうことになる。そしてオケマンの内輪の言い方では、リーダーが混乱しているときには、どこかのタイミングでリーダーに見切りをつけて、「オケのテンポ」で演奏が進むようになる、という言い方をしたりするようだ。

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まあ、そんな感じに色々なことが起きているわけで、室内楽が大事だと言われるのは、そのあたりの基本を見通しよく学べる、体験できるからでもあるし、

(人数が少ないから音量・音圧的には大オーケストラと対抗できないはずなのに、やりようによっては、室内楽で「大きな音楽」や「小さな音楽」を作ることができるし、アンサンブルの不具合は、少人数の室内楽だと、音が欠けてしまったりして誰の耳にも明らかでごまかせない。だから全員が意識して取り組まざるを得ず、そこで学んだあれこれは、大編成の合奏に活かすことができる。)

でも、ここまで話を煮詰めると、具体的なあれこれは、言葉で説明するとまだるっこしいから、自分らで実地に学べ、ということにもなる。

だから、音楽と長く付き合いたいんだったら、合唱サークルかなにかを作って、自分でもやってみたらいいのに、と言うんですよ。