承前:ベルリオーズの不遇な晩年

[追記あり]

「もしもショパンが還暦まで生きたら」という話は、同時期のドイツとイタリアのことを考えると、1813年生まれでショパンと3歳しか違わないワーグナーとヴェルディが、それぞれ1883年(満69歳)、1901年(満87歳)まで生きていて、バイロイトの事業やら「オテロ」「ファルスタッフ」やらで19世紀の終わりまで十分現役だったのだから、あながち突飛な仮定ではないと言えそうに思う。

パリのように、1810年前後生まれのロマン派第一世代の音楽家が2月革命を境に誰もいなくなっちゃう街のほうがおかしいわけです。

ユゴーがナポレオン3世と対立して亡命しなければならなくなったり、世紀半ばのパリの「政治化」は異常に強力だったということでしょうか。さすが第二帝政は、ボナパルティズムに名を残し、マルクスが詳細に分析しただけのことはある。やっぱりあれは、最先端の「破壊的変化」だったんでしょうね。

音楽家で言うと、リストは既にワイマールへ脱出していますし(ほんとに先見の明のある人だ)、マイヤベーアは1864年まで生きているけれど、「アフリカの女」を完成できなかったのは、グランド・オペラというジャンルがヒット狙いで大規模になりすぎて、身動き取れずに自滅した印象ですね。(大企業病みたいなものか。)

パリ音楽院でローマ賞を取ったらオペラ座での成功が待っている、というようなエリート作曲家のキャリアパスが確立したのは、マイヤベーアの株式会社「グランド・オペラ」が倒れたあとだったからこそ、なんじゃないでしょうか。一代限りの大物が消えて、オペラ座の運営は官僚的な能力主義に転換した、と。

で、そうなると、ショパンやリストより少し歳上だけれど、1803年生まれのベルリオーズの晩年の不遇が、パリの19世紀半ばの破壊的な「政治の季節」を象徴していることになるかもしれない。

1869年(満65歳)まで生きているけれど、還暦の頃に「トロイの人々」を部分上演したあと引退したんですね。

医学部からの転向組で、音楽上のロマン主義の主要メンバーより歳上なのが痛かったとも言えるけれど、文学のほうでは、1802年生まれでベルリオーズと1歳しか違わないユゴーは、ナポレオン3世の失脚で復活して、1885年に満83歳で大往生を遂げるわけですから、ベルリオーズも、もうちょっと粘る気力があれば違った展開があったんじゃないか。せめて第三共和政まで生き延びてくれていたら、と惜しまれる。

アカデミーの会員にも選ばれたし、もういいや、と思ったのかもしれませんね。亡命したユゴーとは立場が違ってしまっていた。難しいものです。

でも、長生きさえしてくれていたら、たとえば1883年にオペラ座でベルリオーズの80歳を祝う「トロイの人々」全曲上演が行われ、1889年のパリ万博での再演で評価は決定的なものになる、なんてことがあり得たかもしれない。そうすれば、パリにワーグナーへの対抗軸ができて、ワグネリズムもあれほどにはならず、ドビュッシーも悩まずに済んだかも……。右翼スコラ・カントルムにも押さえが効いたのではなかろうか。

(まあここまでいくと、織田信長が生きていてくれたら、円満に政権が秀吉へ禅定されて、その死後も秀頼の後見人となり、徳川家康を押さえてくれていたんじゃないか、そうすれば大坂政権は安泰だったのに、と空想するようなもので、手前勝手なご都合主義ではありますが(笑)。)

若死にした死後の名声よりも、一日でも長生きした者のほうが強い。世を儚んでも死んだらダメ、ってことですね。

[そういえば、私ベルリオーズと誕生日が同じなのでした。もはや共通点がなさすぎて、ベルリオーズを見習いようもないので、ベルリオーズを反面教師に、還暦になろうが伴侶が死のうが、その程度では引退しない、70歳越えを目指して、「狂った街、東京」の2040年代の姿を見届ける、というのを目標にしましょうか(笑)。

2050年(85歳)はやや高望みかもしれないが、2040年(75歳)はなんとかなるのではないか。あと四半世紀25年じゃ。]

[追記]

トマは1811年生まれなんですね。もっとあとに生まれたのかと思っていました。大物か小物か、というよりも、「ミニヨン」と「ハムレット」、当たった作品がどちらも1860年代というところが気になりますね。前半生は何をしていたのだろう。ウィキペディアには主にオペラ・コミック座のために作曲していたと書いてありますが……。

優雅な生活―“トゥ=パリ”、パリ社交集団の成立 1815‐48

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ここで扱われているのは王政復古期と7月政権期ですが、この華やかな社交界が2月革命で変質したんじゃないかと思われ、そこが鍵なんでしょうね。フローベールの「感情教育」のあとの時代。それまでのように外国人(ドイツや東欧からの)が自由に活躍できなくなっていく印象があって、オッフェンバックの狂騒を経てようやくトマの時代が来るのかなあ、と。