ジークフリート・クラカウアー『天国と地獄 ジャック・オッフェンバックと同時代のパリ』

いつでも買えると思っていたら、欲しいと思ったときにかぎって品切れ中で、なかなか入手できずにいた本。

天国と地獄―ジャック・オッフェンバックと同時代のパリ (ちくま学芸文庫)

天国と地獄―ジャック・オッフェンバックと同時代のパリ (ちくま学芸文庫)

昨年秋に重版が出たようで、やっと購入できました。

19世紀後半パリと言えば、旧制高校教養主義的には、フローベールやヴェルレーヌやランボーで、輝かしい仏文の伝統があって、中原中也からフランス語を習ったという吉田秀和先生もそこに連なるわけですが、

永遠の故郷─夕映

永遠の故郷─夕映

わたくしが学生だった80年代には、日常のファッション・モード、非日常の博覧会など、現代消費文化の原点としてのパリ、「「現代」は19世紀後半のパリで始まった」という言説で古き良きイメージ(今から思えば小林秀雄がなかば強引に代表しつつ勝手に総括してしまった昭和のモダニズム第一世代による)を塗り替える動きがさかんだったように思います。

音楽の「現代」が始まったとき―第二帝政下の音楽家たち (中公新書)

音楽の「現代」が始まったとき―第二帝政下の音楽家たち (中公新書)

書名からして、80年代に次々出ていた蓮實重彦の一連の仕事、「「第二帝政」で日本のポストモダンを撃つ」シリーズ(仮称)の音楽ヴァージョンという雰囲気ですが。
物語批判序説 (中公文庫)

物語批判序説 (中公文庫)

凡庸な芸術家の肖像〈上〉―マクシム・デュ・カン論 (ちくま学芸文庫)

凡庸な芸術家の肖像〈上〉―マクシム・デュ・カン論 (ちくま学芸文庫)

帝国の陰謀

帝国の陰謀

で、もうちょっと硬派な方々は、マルクスの「ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日」やベンヤミンのパサージュ論で理論武装する。

ルイ・ボナパルトのブリュメール18日―初版 (平凡社ライブラリー)

ルイ・ボナパルトのブリュメール18日―初版 (平凡社ライブラリー)

近代日本の批評1 昭和篇(上) (講談社文芸文庫)

近代日本の批評1 昭和篇(上) (講談社文芸文庫)

柄谷行人がしきりに近代の「切断」を言っていて、小林秀雄と昭和の批評について物々しい「共同討論」があって、
ised 情報社会の倫理と設計 倫理篇

ised 情報社会の倫理と設計 倫理篇

それから10年たって、東浩紀が「情報社会の倫理と設計」をやったのは、20世紀の消費社会と21世紀の情報社会を「切断」する「共同討論」というわけで、あからさまに『季刊思潮』『批評空間』のスタイル。

都市論でも、19世紀後半のパリは、定番の参照先ですよね。

博覧会の政治学―まなざしの近代 (中公新書)

博覧会の政治学―まなざしの近代 (中公新書)

音楽を展示する―パリ万博1855‐1900

音楽を展示する―パリ万博1855‐1900

吉見俊哉が戦後日本に伏流していた「万博的なもの」の蓋を開けてしまったのか、音楽関係で「万博」に言及する本が次々でることになった。
広告の誕生―近代メディア文化の歴史社会学 (岩波現代文庫)

広告の誕生―近代メディア文化の歴史社会学 (岩波現代文庫)

一方、北田暁大さんの明治・大正の広告研究は、ベンヤミンのパサージュ論から抽出した概念枠にもとづく論述になっていて、
広告都市・東京―その誕生と死 (広済堂ライブラリー)

広告都市・東京―その誕生と死 (広済堂ライブラリー)

80年代渋谷論は、明治から70年代渋谷までの東京の盛り場を「舞台/上演」に見立てた吉見俊哉の続き。
都市のドラマトゥルギー (河出文庫)

都市のドラマトゥルギー (河出文庫)

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こうした華やかな知とレトリックの打ち上げ花火はわたくしには縁の遠い世界だと思って、ずっと遠巻きにしていたのですが、オッフェンバックにはじまるオペレッタは音楽喜劇の歴史を調べようと思ったら避けては通れないので、困ります。

白石知雄がパリ、というのは、ふさけているとしか思えない取り合わせですが、朴念仁にとって、若き日のアドルノにも影響を与えたらしいフランクフルト(OffenbachはSバーンで行けるご近所、ここにいたのは父の代まででヤコブ(ジャック)はケルン近郊生まれですが)の教養ユダヤ人のオッフェンバック論が定番として存在してくれているのは、(スイス人のヒルスブルンナーがドビュッシー、ラヴェル、ブーレーズをドイツ語で鮮やかに論じてくれているのと並んで)有り難いことだと思っております。

「花の都パリ」とは縁遠い哀れな者どもがすがる蜘蛛の糸、慈悲の心から発する救済策だと思って、ちくま学芸文庫様には、この本の在庫を切らさずにいていただきたいものだと思っております。安心・安全の格差社会は「ゲート・シティ」に立てこもる欲望を助長しがちですが、「天国への門」は開いておいていただきたい。

思想地図β vol.1

思想地図β vol.1

  • 作者: 東浩紀,宇野常寛,千葉雅也,速水健朗,北田暁大,鈴木謙介
  • 出版社/メーカー: 合同会社コンテクチュアズ
  • 発売日: 2010/12/21
  • メディア: 単行本
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巻頭の目玉が猪瀬直樹副知事への突撃企画で、第二特集が「ショッピング・モール」。鉄道駅のシュッピング・モール化って、要するに、音楽で言えば阪急西宮北口駅とつながっている兵庫の芸文センターですよね。阪急電車の主要駅は、十数年来の高架駅への建て替えで、今では軒並みショッピング・モールになっている……。

(それにしても、音楽史に登録されている19世紀のオペラというと、ワーグナーもヴェルディも悲劇だらけで、音楽史は19世紀に喜劇が存在しなかったかのようになっているのは何かがおかしい。ロッシーニがいて、ウェーバーにも「アブ・ハッサン」とか「三人のピント」とか、絵に描いたような喜劇があり、7月革命までは普通に喜劇の名作があるのに……。)