最近読んだ本三冊(学問がやってしまったことへの羞恥心を取り戻すために)

カルチュラル・スタディーズ (思考のフロンティア)

カルチュラル・スタディーズ (思考のフロンティア)

カルチュラル・スタディーズが、いわゆるひとつの「68年の思想」のイギリス亜種であるらしいことが、おぼろげにわかった。「そのようなところへ留まってはならない」と著者が書くたびに、実体が「そのようなもの」、小さなセクトなのだと思えてしまった。

下の世代が、全共闘世代な人の前で話をするときに、知っておくと便利なアイテムなのですね。「接合」とか「相対的自律」という言葉が、彼らの脳内では「断固粉砕」や「造反有理」に自動変換されるらしい、と思っておけばいいのでしょうか。処世術なんですね。

よど号のハイジャック犯が「俺たちは明日のジョーだ」というメッセージを残したからといって、60年代の劇画論が全共闘の言葉で語られねばならないわけではないし、大衆文化や文化産業や下層労働者は「カルスタ」の専有物ではない。哲学の人たちがフランス系ポストモダンの語彙を「ニューアカ」の十字架として背負っているように、やってしまったことへの戸惑いと恥じらいがあったほうがいい、ということなのでしょう。

      • -

大学とは何か (岩波新書)

大学とは何か (岩波新書)

吉見俊哉さんのまとめ上手に感心して、『カル☆スタ』を読んでみようと思ったきっかけがこれ。

  • ウニヴェルシタス(学生組合)とコレギウム(教授組合) → 中世
  • アカデミア(学会) → ルネサンス
  • 哲学科のゼミ(講読)と理学部のラボ(&共同研究) → ドイツ
  • 文学部 → イギリス
  • 大学院 → アメリカ

というように、今の大学の構成要素は起源がバラバラで、いわば、ツギハギなのだということが前半を読むとわかる。とにかく、このすっきりした整理に感動しました。

(カントが教養主義の元祖で、イギリス流の「文学」はそれを読みかえたほぼ同値の観念だ、という説明は、本当にそれで大丈夫なのか、ややイギリス贔屓なのでは、と思いましたが……。Aという観念をBが××へと読みかえた、という事実があったときに、起源優先で「Bは誤読にすぎない」と退けてばかりいると、確かに世界は窮屈になるけれど、読みかえたものが勝ちだ=「後出しジャンケン必勝」という論法も聞き飽きた感じで、ややうんざり。英米系社会科学が歴史に無関心だというのは、こういうところでしょうか。トランプの「大富豪」に革命というルールを足したら思った以上に面白くなった、という程度の話にそこまで固執することはないと思うのですが。あと、もしも吉見氏がまとめているようにカントが哲学をあくまで「下位」学部と位置づけていたのだとしたら、ドイツ教養主義もイギリス文学主義も、高等遊民の優越感を謳歌して、カントを継承していないことになりそうな気がしました。←これはこれで、なんだか柄谷行人の口真似みたいになってしまいますが……。)

後半の日本の大学の変遷は、現在に近づくほど話が薄くなっているような……。大学を守るべし、という立場だからなのかもしれませんね。

学生団、教授組合、学会、ゼミ、ラボ、大学院……、各パーツをばらばらにして、色々な人が欲しいところだけチョイスするバイキング形式にしてはだめなのでしょうか? というか、実質的にそういう方向へ進みつつあるように見えるのですが。

(音楽大学に非常勤で呼んでいただいているので、戦後の専門学校の大学化、というところをもうちょっと詳しく知りたいと思いました。)

      • -

横書き登場―日本語表記の近代 (岩波新書 新赤版 (863))

横書き登場―日本語表記の近代 (岩波新書 新赤版 (863))

横組の雑誌というのは、いつ頃出てきたのだろう、と思って買った本。

戦前の横書きは「右から左」で、戦後「左から右へ」に変わったのだ、という話はよく聞きますし、昔の映画を見るとそうなってますが、江戸後期以来150年近い「日本語横書き」の前史はそれほど単純なものではなくて、横書きの日本語をめぐる試行錯誤が色々あったことを知りました。(罫線の入った「大学ノート」は、そういう時代の「大学」で使われたのか、とか。)

音楽取調掛の学校唱歌で五線譜に歌詞が横書きされているのは、純然たる左から右への横書き印刷物のかなり早い例のひとつであるようです。そして歌の楽譜というものは、表紙から何から全部の日本語が「横書き」が標準ですが、これは、明治の出版物としては突出してハイカラなことだったみたいです。

なるほど。

日本音楽学会が音楽之友社の魔の手(?)を振り切り、機関誌『音楽学』(1954-)の横組みに固執したのは、音楽取調掛のDNAだ、と確信しました。

http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20110807/p1